←【前編】由比ヶ浜「キス……しても、いい?」 八幡「なっ!?」【俺ガイルSS】
( ・∀・)ノ やっはろー!
つれづれなるままに、八結のイチャイチャ系SSを書いていこうと思います。
◆基本的に台本形式。
◆多分プロローグとエピローグだけ地の文あり。
◆大体短編集っぽい感じ。
書き溜めてある話もあれば、内容だけ決まっていてまだ書いていない話もあるので、
投下スピードは速かったり遅かったりすると思いますが御容赦下さい。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407390423
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【デート篇Ⅰ:依然として、雪ノ下雪乃の毒舌は変わっていない。】
八幡「あぁ~……、どうすっかなぁ……」
由比ヶ浜との約束の前日、俺はベットでゴロゴロとしながら頭を悩ませていた。
まぁどうするも何も、既に了承の旨を返信してしまっているので、逃げるに逃げられないわけだが。
一度承諾した約束をすっぽかすわけにはいかないだろう。
そんなことを考えながら由比ヶ浜から届いたメールの文面をぼーっと眺めていたら、突如ケータイが鳴り響いた。
手に持って眺めてる時に急に鳴り出すのやめてくんない?
ぶっちゃけびびる。
平塚先生や戸塚……あとついでに材木座と連絡を取り合うことは今でもたまにあるのだが、その時は大体メールだ。
しかし、今かかってきているのは電話だった。
しかも知らない番号からである。
ピッ!
八幡「…………」
??『…………』
八幡「もしもし?」
??『……もしもし』
八幡「えーっと、あの、どちら様でしょうか?」
??『…………』ハァ…
何これ、間違い電話?
切っちゃって良いの?
雪乃『まったく、久し振りに会話してあげようと思い電話をかけたというのに、声で気付くことも出来ないなんて一体どういうつもり?』
雪乃『目だけでなくついに耳まで腐ってしまったというの? このまま症状が悪化して、そのうち全身が腐敗してしまうのかしら。良い気味ね』
あっれれー? おかしいぞー?
俺と雪ノ下は、たしか連絡先を交換したことがあったはずだ。
交換したのは、出会ってから何ヶ月も経過した頃のことではあったが……。
機種変でもして、そのことを俺にだけ教えてくれなかったのだろうか?
地味にショックだ……。
雪乃『安心なさい、別にケータイを変えたわけではないわ。これは家の固定電話よ』
雪乃『そのくらいのこと電話番号の頭を見れば分かると思うのだけれど、……あなた馬鹿なの?』
そうですね、ちゃんと電話番号を見ていなかった俺が悪いですね。
あと、雪ノ下には俺の頭の中でも見えているのでしょうか?
何それ怖い。
八幡「おい、急に捲くし立てるように喋るなよ……。ってか、おまえ今東京で一人暮らししてんだろ? よく固定電話なんて持ってるな」
雪乃『えぇ。固定電話があった方が、FAXとか地震速報とか何かと便利だから』
地震速報の設定くらいケータイでもできた気がするんだが。
あぁ、こいつ、ケータイにもそういう機能が付いていることを知らないんだろうな……。
雪乃『なんだか今馬鹿にされたような気がするわ』
八幡「き、気のせいじゃないか?」
だから俺の脳内を読むのは止めてもらえませんかね。
雪乃『さて、そろそろ話の本題に入りたいのだけれど』
八幡「本題も何も、いきなり訳分からんこと言ってきたのはそっちだろ。大体、“もしもし”の一言で誰の声だか判断しろって難易度高すぎじゃないか?」
雪乃『これ以上話の腰を折るのは止めなさい。まったく、これだからあなたという人は……』
えぇ~……。
これ、俺が悪いの?
雪乃『とにかく、話の本題に入りたいのだけれど、今お時間大丈夫かしら?』
現在、午後9時過ぎ。
電話をするには少々遅い時間帯ではあるものの、由比ヶ浜に指定された時刻までまだ半日以上もある。
つまり、残念ながら暇だった。
仕方がない。
あまり良い予感はしないが、俺は雪ノ下の話を聞くことにしたのであった……。
【デート篇Ⅱ:トラブルはいつも、突如として訪れる。】
雪ノ下との長電話の後、俺は中々寝付けず……と思いきや、いつの間にやら眠りに落ちていた。
そして夜は明け、なぜか約束の時間より30分も早く由比ヶ浜との集合場所に到着。
……ぎりぎりまで家でのんびりしておく予定だったんですけどね。
別に由比ヶ浜と会うのが楽しみだったとか、家に居てもそわそわして落ち着かなかったとか、そんなことはない。
断じてない。
本当ダヨ? 嘘ジャナイヨ?
そして辺りを見回してみると、
「そこのカワイイ君、ちょ~っと時間あるかな?」
「俺達と一緒に遊ばない?」
「え、ええっと……」アタフタ
なぜか典型的なナンパを受けているやつがいた。
今どきこんなナンパをする奴等なんて居るんだな。
まぁ俺は、古典的なナンパも近代的なナンパも、そもそもナンパに古典や近代があるのかどうかも知らないが……。
「その、ごめんなさいっ。今、人を待ってて……」
「そんなこと言ってー、さっきからずっとここに居るじゃん! 約束すっぽかされちゃったんじゃないの?」
「その分俺等が楽しませてあげるからさ、どう?」
二人の男に絡まれているその女性は、流石ナンパをされるだけのことはあり、非常に良い見栄えをしている。
首回りが少々大きく開いた上着からは鎖骨が艶めかしく覗いており、下はミニスカートにニーソックス。
洋服にあまり聡くない俺の目からでも、中々にお洒落なことが見受けられる。
というか、どこからどう見ても由比ヶ浜結衣だった。
それにしても、チャラ男の先程の言動には少々引っ掛かる部分がある。
さっきからずっとここに居るってどういうことだよ。
俺、集合時間より30分も早く来たんですけど?
助けてやりたいのは山々だが、自分より格段に強そうな二人の男を相手に真正面からメンチ切るわけにもいかない。
如何に上手く口八丁手八丁でこの場を納めるか思案していると、良い案を思いつく前に由比ヶ浜に気付かれてしまった。
結衣「あっ、ヒッキー!」トテテ
八幡「ちょ、おまっ!?」///
駆けよって来た由比ヶ浜が、突如、俺の腕に抱きついてきた。
なるほど、こうすれば奴等も諦めると思ったのだろう。
行動の理由も理屈も理解できる。
でも止めて下さいお願いします!
ここ1ヶ月程、女性と会話すら一切していなかった(ただし家族や店員……と、昨晩の電話は除く)というのに、いきなりこんなことをされてしまうと、ほら、色々と、ね?
ふと、由比ヶ浜の口が俺の横顔に近づいてくる。
ま、まさか、そのまま頬にキスとかしちゃうつもりなのん!?
まてまてまて! いくらなんでもそこまでする必要はないだろっ!!
だが、どうやらそれは俺の杞憂だったらしい。
結衣「そんな怖い顔してると、相手怒らせちゃうよ……」ヒソヒソ
耳元でそんなことを囁かれる。
怖い顔などしていたつもりはないのだが、おかしいなぁ。
とりあえず、必死で苦笑いを取り繕う。
結衣「う~ん……その顔はなんかキモいかも」ボソッ…
とても小さな声で呟いていたが、顔が近いせいでばっちり聞こえてしまった。
小町ちゃん助けて……僕もうお家に帰りたい……。
「チッ、彼氏持ちかよ」
「あーつまんねー」
そんなことを言いながら、二人の男は去っていく。
捨て台詞までテンプレなのが奴等の美学なのかもしれない。いや、そんなことはないか。
あと俺は、か……彼氏とか、そそそそんなんじゃねえし。
結衣「ヒッキー、ありがとね」ニヘラー
由比ヶ浜お得意の上目使いこうげき! 八幡に効果は抜群だ!
だがいきなりニヤケ面を晒してまたキモいと言われるのも嫌だし、必死で平静を装う。
八幡「いや、結局俺は何もできなかったし……」
結衣「そんなことないよ! 助けようとしてくれてたのは伝わってきたし!」
結衣「それに、ヒッキーが早く来てくれたから何とかなったんだよ」
八幡「そうか、なら良かった。…………と、とりあえず、もう腕から離れても良いんじゃないか?」
結衣「え? わぁぁぁあああっ!?」バッ!
由比ヶ浜が慌てて後ろへ跳び退く。
あぁ、せっかくの柔らかい感覚と良い匂いが……じゃなくて、今のは天然でやってたのか。
こいつの場合、行動に計算と天然が入り混じっているからそこが判断しづらい。
基本的には物凄く分かりやすいやつなんだけどな。
八幡「朝から災難だったな。んで、なんでこんなに早くから居るんだよ」
結衣「え? それは、ほら……///」
由比ヶ浜は、俺の服の袖を可愛らしくちょこんと摘みながら、笑顔でこう答えた。
結衣「今日が、凄く楽しみだったから」ニコッ
あざとい! あざとすぎる!!
どこぞの後輩など比べ物にならないあざとさである。
先ほどの天然と違い今度のは確実に計算であろうと理解していても、ついついドキッとしてしまうのが男の性。
あんまり俺の純情を弄ばないでください。
大体、最近少し暖かくなってきたからといって、そんな恰好でいるから変な奴等に目を付けられるんだ。
特別露出度が高いというわけではないにしろ、あまり周囲に見せたくない様な格好というかなんというか
……鎖骨や絶対領域が妙にエロい。あと、可愛いんだけどどことなくビッチっぽい」
結衣「どこ見てんの! 変態っ!! ヒッキーマジキモい!!! ……あっ、そうだ、あとビッチ言うなし!」ビシッ!
八幡「えっ」
どうやら、途中から考えが口に出てしまっていたらしい。
マジで?
やべー恥ずかしすぎるマジでちょっとどうしよう新たな黒歴史確定の瞬間キターーーーー!
結衣「ほんと、今の、ガチでキモいし……。でも、可愛いって言ってもらえたのは嬉しいっていうか、えっと……」モジモジ
八幡「あー、その、まぁなんだ。全面的に俺が悪かった、今の発言は忘れてくれ」
結衣「ヒッキーは、さ……あんまあたしを、周りに見せたくないって思ったって、本当?」
八幡「 」
まさに絶句。
さっきの俺は、そんな部分まで口に出していたのか……。
付き合っているわけでもないのに俺は何言ってんだ。
つーか仮に付き合っていたとしても、あまり言うべきことではないように思える。
もう恥ずかしいとかそういうのを通り越して、自分で自分をキモく思ってしまうレベル。
……割と本気で帰りたくなってきた。
むしろ冗談抜きで涙目である。
結衣「じぁあ……ゲーセンとか買い物とか色々するつもりだったけど、とっとと個室に入っちゃおっか?」
────はいぃ!?
【デート篇Ⅲ:本日比企谷八幡の防御力は、平常と比べ格段に低い。】
個室と言われて淫らな妄想をした人は正直に手を挙げなさい!
今なら怒らないからっ!!
……ごめんなさい俺のことです。
あれから数分後、由比ヶ浜に連れて来られたのは、何の変哲もないカラオケボックスであった。
どうやらこいつは、フリータイムでここに居座るつもりらしい。
俺としては、そんなに長々とカラオケに居たくないんだげな。
しかし、
「ほんとはウインドーショッピングとかする予定だったんだけどさ、ヒッキーがあんなこと言いだすから仕方ないじゃん」
とか言われてしまっては、逆らうに逆らえない。
かくして、『6時間、地獄の耐久カラオケ大会』の幕開けである。
受付けを済ました由比ヶ浜の後に続き、室内へ入っていく。
由比ヶ浜はあからさまに、隣に1人分のスペースを空けるように座ったが、俺は気にせずテーブルを挟んだ反対側の席へ座る。
結衣「むぅ……」
おい、露骨に残念そうな顔すんな。
大体、わざわざ隣に座る必要ないでしょ。
こうした方が互いにスペースを広く活用できるし、飲み物を取りに行く時なんかも楽だ。
俺は至って合理的な行動をとったにすぎず、隣に座ると変な意識しちゃうからとかそんな理由じゃないんだからね!
八幡「とりあえずどうする、まずは歌うか?」
ここで『まずは互いに近況報告でもしよう!』なんて言われたら困る。
大学生になってから、何か話題になるような出来事なんて一切ないし……。
強いて言うならボッチに拍車がかかったくらい。
なにそれ悲しい。
結衣「そだね、歌おっか! ヒッキーは何歌う?」
八幡「いや、俺はあんまりカラオケ来ないし、一曲目にどんなのが良いか分からないからな。そっちから先に歌ってくれ」
結衣「ん~……。初めての相手と来ると一曲目何にするか悩むけど、別にあたしとなら何でもよくない?」
結衣「ってかヒッキー、なんだかんだ言って結構カラオケ来てたじゃん」
八幡「それはおまえが、受験勉強疲れたから帰りどっか寄ってこうよーとか訳分からんこと言って、俺や雪ノ下を巻き込んでただけだろ」
疲れたと言っておきながらカラオケに立ち寄るとか本当に意味不明。
わけが分からないよ!
それに、ほとんど由比ヶ浜が自分で歌っていた気がする。
まぁ実際楽しかったんですけどね。
俺、家だと鼻歌とか結構口ずさんじゃう派だし。
ボッチは家に帰ると、学校で喋れない分ついついテンション上がってしまうのである。
あと風呂場で歌うのも、良い感じにエコー効いて楽しいよな。
以前浴槽で熱唱していて、それが二階に居る小町にまで聞こえていたと知った時はかなり恥ずかしかった。
あれ、やっぱり御近所さんにも聞こえていたのかなぁ……嫌だなぁ……。
より一段と外に出たくなくなった。
結衣「よし、これにしよっと」ピッ
俺が黒歴史を思いだしている内に、曲選びが済んだようだ。
いかにも由比ヶ浜らしい元気なメロディーが流れ出し、それにマッチした元気な声で歌い始める。
前々から思っていたことだが、こいつってかなり良い声してるよな。
可愛らしく、尚且つ綺麗な声質をしている。
結衣「恋愛マスター ねえマスター この恋どこに向かうの♪ 想像ライアー ラブライアー 嘘も 過去もまとめて♪」Yeah!
それにしても、いきなりラブソングかよ。
勘弁してくれ。
あと、おまえ「ライアー」とか絶対意味分からずに歌ってるだろ。
ちなみに日本語訳すると「嘘つき」という意味である。
もし意味を理解したうえで、嘘も欺瞞も嫌いとの言いつつ嘘を吐きまくっている俺への皮肉として歌っているのだとしたら、由比ヶ浜さん怖すぎる。
結衣「ふぅ~、歌い終わったー」
八幡「随分楽しそうだったな」
結衣「うん!ヒッキーとカラオケ来れたの、久し振りだしね」エヘヘ
あんまりキラキラした笑顔でこっち見んな。
はぁ……、俺も何か曲入れるか。
結衣「ねぇねぇ」
八幡「ん?」
結衣「その……ヒッキーもさ、何か恋愛系の曲歌ってみてよ」
八幡「…………」
さて、どうするべきか。
ここで無理に断って妙な意識をしているように思われるのも癪だし、いっそのこと恋愛系の歌を入れてやるのも有りかもしれない。
八幡「よし。お望みとあらば、それっぽいのを歌ってやる」
結衣「えっ、マジで!?」ワーイ!
そう言って俺は自信満々にとある曲を入れると、メタルな音が鳴り響く。
八幡「ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ!」
結衣「いきなりデスボだっ!?」
八幡「モ!ト!カ!レ!コ!ロ!ス!」
結衣「!???」
八幡「君の元カレ 殺したいよ~♪ 君を汚したから~♪」
結衣「…………」
八幡「ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ア゛イ! ファック! ファック! ファック! ファック!」
結衣「 」ドンビキ
以上、比企谷八幡君による、大熱唱でした。
八幡「あぁ~、疲れた……。おまえが恋愛曲歌えとか言うせいで、一曲目から喉痛くなってきたんだが」ゲホゲホ
結衣「こんなの望んでないし……」
八幡「なんでだよ、男の醜い独占欲を前衛的に表現した良い歌じゃないか」
結衣「いや、なんかもういいや……」
よし、勝った!
俺に恋愛系の曲を歌わせようとした時点で由比ヶ浜が悪いな、うん。
これでも、『D!T!D!T!』とかやりださなかったあたり結構自重したんですよ?
結衣「まったくもう、ヒッキーはしょうがないなぁ」
そうだね。ヒッキーだからしょうがないね。
由比ヶ浜の前で、真面目に恋愛曲を歌うことなんてできるわけがない。
結衣「よし、次はこれにしよっと」ピッ
そう言って由比ヶ浜が入れたのは、またしてもラブソングであった。
うん、やはり良い声だ。
だけど、だけどな……
結衣「窓辺で 溜息 あなたに早く会いたい♪ 想いは 溢れる どうすれば伝わるの? わからない だけどね 大好きだよ♪」♡
なんでこんなにストレートな歌詞なの?
作詞したやつ馬鹿なの? 死ぬの?
ちょっと気になったので、スマフォを取りだし調べてみると……おいおいマジかよ。
こんな脳内お花畑な詩を書いたやつが、『青春アミーゴ』や『抱いてセニョリータ』の作詞者と同一人物とか、日本の音楽界はもうダメかもしれないミ・アミーゴ。
結衣「ほらほらダーリンベイビ感じてる? ほら ほら 笑顔見せて♪ 等身大の愛情を 届けるよ~♪」
そんなどうでも良いことをしている内に、いつの間にやら由比ヶ浜が俺の隣へ移動してきていた。
ちょ、近い近い! ドキドキしちゃうだろ!!
等身大の愛情とか要らないから向こうへ行ってくれ。
結衣「あのねダーリンベイビ信じてよ♪ ねぇ ねぇ 抱きしめてよ♪ 最高級の I need youを あげちゃうよ~♪」
今気付いたんだが、こいつテンション上がってくると少し独特な歌い方になるのな。
語尾を延ばす部分の音を少し上げる様な歌い方が耳によく残り、聴いていて心地よい。
声は心地よいのだが、隣で元気にぴょんぴょん跳ねながら歌われると、ついつい視線が、こう…スカートに……
結衣「La La La La La~♪」
どうやらこれで歌い終わったらしい。
あぁ、聞いていただけなのにドッと疲れた、主に精神力的な意味で。
気を抜くとすぐにスカートへ視線が吸い込まれそうになるが、理性を総動員しなんとか耐え抜いた俺偉い。
結衣「…………」ジトー…
八幡「ん、どうかしたか?」
結衣「さっきから、あたしの太股チラチラ見てたでしょ」
八幡「ぜっ、全然しょんなことないぞ!」
やべ、噛みまみた。
結衣「普通にバレバレだし!」
なん…だと!?
だが少し待ってもらいたい。
八幡「仮に、仮におまえの言う通りだとして、俺のすぐ隣で跳ねながら歌ってんのが悪い」
そうだ! 俺は悪くねぇ!
悪いのはいつだって世界の方である。
八幡「なんでいきなり隣に来たんだよ」
結衣「だって、なんだかつまんなさそうに、スマフォ弄りだしちゃうし……」
八幡「そう見えたんなら悪い。別につまらなくないけどな」
結衣「本当?」
あぁ、本当だ。
むしろ……
八幡「おまえが楽しそうに歌ってるのを見るのは、中々楽しいぞ」
結衣「っ! バ、バカ……」///
由比ヶ浜が、自分の頭のお団子をくしゃくしゃっと弄る。
照れた時によくやるこいつの癖だ。
高校の頃から変わっていない。
とてもくすぐったい空気。
過去の俺なら、絶対に嫌悪していた様な雰囲気だが───
───今の俺には、悪くないように思えた。
【デート篇Ⅳ:由比ヶ浜結衣は更に踏み込む。】
結衣「あ~! スッキリした―!!」ニコニコ
八幡「あんだけ歌いまくっておきながら、なんで元気有り余ってんだよ……」
結衣「後半あたしが歌いまくってたのは、ヒッキーが全然曲入れなかったからじゃん!」
序盤はちゃんと交互に歌っていたんですよ?
だがな、アニソンなんかはOPの部分しか聞かないから、2番以降は知らないパターンが多いし、普通のメジャーな曲に至ってはそもそも知らなかったりする。
ようするに、フリータイムを耐え抜けるほどあまり歌を知らないのだ。
しかし中々楽しい時間であった。
由比ヶ浜がずっと楽しそうにしていたのが、まぁその……俺としても嬉しく感じたり、とかな。
こうして、俺と由比ヶ浜の無駄に長いカラオケがようやく終わった。
楽しかったけど疲れた……。
八幡「んで、これからどうする? もう5時だし帰るか?」
結衣「ん~、そだね」
あれ?
こいつのことだから、絶対「えー!もっと遊んでこうよー!!」とか言い出すと思っていたのに、これは意外な反応だ。
結衣「その代わり……、1つ、お願いしても良い?」
───そんなこんなで現在、由比ヶ浜の家から最寄りの駅へ降り立ったところである。
結衣「ついてきてくれてありがとね」
八幡「ん、まぁ日も傾き始めてるしな。俺と別れた後に今朝みたいな目に合われても後味悪いし、仕方ないさ。送っていくくらいのこと、別に気にすんな」
結衣「相変わらず捻デレてるなぁ」フフッ
八幡「捻デレ言うな……」
これくらいのこと、本当に構わない。
むしろ助かったくらいだ。
なぜなら俺は、由比ヶ浜に告げたいことがあった。
だが、言葉にしてしまったが故に壊れてしまうものも存在する。
だから今までずっと言わずにいた。
今日も言えずにいた。
しかし昨晩、覚悟を決めたのだ。
結衣「~~~♪」ルンルン
由比ヶ浜はカラオケの余韻覚めやらぬといった感じで、随分とご機嫌なようだった。
だがそれもつかの間、歩いていくにつれ徐々に鼻歌も収まり、どこか堅い雰囲気になる。
ふと由比ヶ浜が立ち止まり、急にこちらを振り向いたため、一歩後ろを歩いていた俺との距離が縮まる。
八幡「おっと……」
俺は思わず一歩後ろへ下がるが、その距離を詰めるかのように由比ヶ浜はこちらへ近づいてくる。
由比ヶ浜の綺麗な瞳が、俺の視線を掴んで離さない。
無言で見つめ合ったまま、数秒の時が流れる。
八幡「な、なんだよ」
結衣「……ヒッキー、覚えてる? 二年前の──」
八幡「夏祭りの帰り道のことか?」
結衣「うん」
そりゃ、分かるさ。
あの時とまったく同じ場所だ。
以前由比ヶ浜が俺に、何かを言おうとして、止めた場所。
結衣「あのね……あたし、卒業式から今日までの間に、色々考えたんだ」
結衣「別々の大学になっちゃって、もう奉仕部で過ごしたみたいな時間は戻ってこないし、会える回数も凄く減っちゃう。それは分かってる」
そして、少し悲しげな表情をして、こう告げる。
結衣「それに、高校卒業してからのヒッキー、あたしのこと避けようとしてたでしょ……。ちゃんと気づいてるんだよ?」
八幡「…………」
卒業してから昨日までの間、奉仕部の面々と全くの音信不通だったわけではない。
しかし俺は、人との直接的な繋がりを……特に由比ヶ浜を避けていた。
高校時代、人生の中で唯一鮮やかだった日々を、決して悪いものだったとは思っていない。
それでも……独りに戻った方が、気楽だしな。
これで良い、俺は何も間違っていないはずだ。
そう思っていた。
自らを欺き、そう思い込もうとしていた。
結衣「でも、それでも、あたしは……」
刹那、先ほどまで潤んでいた瞳に、強い意志が宿る。
結衣「諦めたくない!」
八幡「っ……」
由比ヶ浜が、覚悟は決まったと言わんばかりに、大きく息を吸い込む。
おまえが何を言いたいのかは分かっている。
今回ばかりは、きっと、勘違いではないのだろう。
だが……
結衣「ヒッキーのこと、ずっと前から──」
八幡「止めろっ!」
思わず大きな声が出てしまう。
瞬間、由比ヶ浜の肩がびくりと跳ねる。
八幡「それ以上は、言わないでくれ……」
結衣「…………」
互いに、体が震えているのが分かる。
由比ヶ浜は今にも泣き崩れそうなのを、歯を食いしばり、必死に耐えていた。
こんな姿を見ていたくはない。
辛い表情をさせてしまっている原因が、俺自身であるということが許せない。
今すぐ逃げ出してしまいたい。
それでも、逃げ出すわけにはいかない。
由比ヶ浜に、告げなければなければならないことがあるんだ。
【デート篇Ⅴ:こうして、比企谷八幡は決意を固める。】
雪乃『これ以上話の腰を折るのは止めなさい。まったく、これだからあなたという人は……』
時は戻り、昨晩の話である。
雪乃『とにかく、話の本題に入りたいのだけれど、今お時間大丈夫かしら?』
八幡「あぁ、何の要件で電話なんてしてきたんだ?」
雪乃『あなた、最近由比ヶ浜さんのことを避けているそうね』
八幡「……なんの話だ?」
雪乃『とぼけても無駄よ。由比ヶ浜さん本人から、既に言質は取っているわ』
言質って、何かの犯人かよ。
雪乃『あなたに何気なく暇かどうか尋ねても、遊びに誘う前に全てあしらわれてしまうと言っていたのだけれど』
八幡「あぁ~……、もしかして今回のドストレートなメール、差し金はおまえか?」
雪乃『えぇ。由比ヶ浜さんに助けを求められたものだから、
「シスコンな彼のことだもの、きっと小町さんに協力してもられば上手く行くのではないかしら」
と答えておいたわ』
八幡「小町に丸投げかよ、それズルいだろ……」
結果的に、まんまとしてやられたわけですけどね。
俺の妹があんなに可愛いのだから仕方ない。
雪乃『私としてもそのことに多少負い目があったから、こうして電話を──』
八幡「あー、おまえが心配するようなことは何もねえよ。ちゃんと明日遊ぶことになったから」
雪ノ下の発言を遮るようにして言い切る。
もう面倒だ、このまま会話を終わらせてしまおう。
雪乃『そう、ちゃんとデートは取り行われることになったのね』
八幡「デっ、デートとかそんなんじゃねえしッッッ!!!」
会話を終わらせるつもりが、思わず反射的に反論してしまう。
ほら、由比ヶ浜とはただ一緒に出掛けるだけであって、デートとかそういうアレなわけじゃ、ない…よ?
雪乃『あなた、まだそんなことを言っているの? いい加減素直になったらどうなのかしら』
八幡「……おまえには関係のないことだろ」
雪乃『いいえ、これは私が受けた依頼だもの』
依頼? 何のことだ?
俺を遊びに誘う件以外にも、由比ヶ浜に何か頼まれたのだろうか。
雪乃『私だって本当は、あなた達のことに一々御節介を焼きたくはないわよ』
雪乃『大体高3の時なんて、私も小町さんも同じ部室に居たというのに、毎日毎日イチャイチャと……』ゴゴゴゴ…
八幡「ファッ!?」
こ、こいつ、なんてこと言いやがる!
八幡「ちょっとまて! イチャイチャなんてしてなかっただろ! 毎回あいつが一方的に……」
雪乃『あら、下衆谷くんも相当デレデレしていたように見えたのだけれど、私の気のせいだったのかしら』
ぐっ、雪ノ下相手に普通の口喧嘩をしても勝てるはずがない。
よし、一旦落ち着こう。
クールになれ、比企谷八幡!
八幡「あのなぁ、おまえに言われるまでもなく、自分の正直な気持ちくらい当の昔に分かってる。本当に嫌なら、とっくに拒絶している」
雪乃『だったら……』
八幡「でもな、雪ノ下、色恋沙汰なんてほんの一時の幻想だ。そんな不確かなものが、別々の学校に通うようになってまで、ずっと続くなんてことはありえない」
雪乃『由比ヶ浜さんのことですら、未だに信用できないというの?』
八幡「そりゃ俺だって、奉仕部内に、それなりの信頼関係は既に築かれていると思ってるさ」
八幡「だが、完全に信用することなんてできないし、する気もない」
電話越しに、息を呑む音が聞こえる。
そして雪ノ下は、愁いを帯びたような声で言葉を紡ぐ。
雪乃『そう……。あなたはきっと、自分と付き合うことで彼女の立場が悪くなってしまうことを懸念して、今まで踏み込まなかったのだと思っていたのだけれど、違うのね』
八幡「違わない、それも理由の内だ。ただ、それだけじゃない」
由比ヶ浜の立場が悪くなるのを懸念して、か。
雪ノ下にそう言われ、あの嫌な記憶が頭をよぎる。
八幡「なぁ、相模南を覚えているか?」
雪乃『もちろん忘れてはいないけれど、急に何?』
八幡「おまえは由比ヶ浜に対し、絶対的な信頼を寄せているのかもしれない。だが、今から俺が懇切丁寧に───」
八幡「それは間違っているという理由を説明してやる」
由比ヶ浜と二人で夏祭りに行った時の話だ。
俺達はそこで、偶然にも相模と遭遇してしまい、嘲笑された。あざ笑われたのだ。
あの時の俺は随分と心が凍てついた。
俺と由比ヶ浜からしてみれば、相模の態度は酷い奴のそれに他ならない。
しかし、相模南の視点に立って物事を見てみると、話の中身はまるで違うものとなる。
雪ノ下は知らないかもしれないが、由比ヶ浜と相模は1年の頃仲が良かったそうだ。
それも、日頃からつるむレベルでの仲の良さだ。
それが2年生に進級したらどうなったと思う?
知っての通り、由比ヶ浜は三浦に目を付けられ、見事葉山グループの仲間入りを果たす。
そして、由比ヶ浜は相模との関わりをほぼ経ち切った。
本人は「さがみんは友達」だとか言っていたが、俺はあいつらが会話しているのを見たことがほとんどない。
その事象は、相模の目にはこう映ったはずである。
私よりカーストの高い連中と仲良くなった途端、奴は私を見捨てたのだと。
由比ヶ浜は、一年間ずっと仲良くしてきた相手を、いとも容易く見限った。
しかもそのことに対し、『1年の頃はよく一緒に居たけど、今はそうでもないから少し気まずい』程度の認識しか持っていない。
あいつはそういうやつだ。
そう考えてみると、夏祭りにおける相模のあの態度にも少しは正当性が出てくる。
あれは冗談やからかい混じりの攻撃などではなく、由比ヶ浜に裏切られたことに対する、相模なりの反撃だったのだろう。
この話の論点は、相模が可哀想だとかそんなことではない。
むしろあんなやつどうでもいいし、とっとと忘れてしまいたいまである。
重要なのは、『由比ヶ浜は、新たなより良い仲間と出会えば、過去の仲間を簡単に切り捨てる人間である』ということだ。
俺達と由比ヶ浜との関係が、相模と由比ヶ浜の関係と同等なものだとは思わない。
由比ヶ浜は俺達のことを、とても大切に想い、日頃から気にかけてくれているのも分かっている。
だとしても、5年後、10年後まで、それが続くとは限らない。
俺や雪ノ下も、いずれ相模と同じ立場になってしまうのかもしれない。
可能性としては、十二分に有り得る話だ。
それだけではない。
修学旅行のことを、戸部と海老名さんの件を思い出してみろ。
あいつは海老名さんの本心に気付くことなく、大岡や大和と共に、戸部を海老名さんへけしかけた。
大岡と大和が海老名さんの気持ちに気付くことができないのは、立場的に仕方がないとしよう。
だがあの時三浦は、葉山のように事情を知っていたわけでないにも関わらず、確かに海老名さんのことを理解していたのだ。
ならば、三浦とほぼ同じ立ち位置な由比ヶ浜に、理解できぬ道理はないだろう。
人間は見たいものしか見ることができない。
聞きたいことしか聞こえない。
あの時の由比ヶ浜はまさにそうだ。
あいつは戸部に持ちかけられたコイバナという餌にまんまと釣られ、海老名さん側の気持ちなど、自分にとって都合の良いようにしか考えていなかった。
誰がどんな弁解をしようと、これらは過去に起こった、紛れもない事実である。
結論を言おう。
つまり、例え由比ヶ浜結衣が相手であっても、絶対の信頼を寄せるのはまちがっている。
俺はそんなことを、数十分かけて、捲くし立てるように話し続けた。
とても長い話を聞き終わった雪ノ下が、ぽつりぽつりと喋り出す。
雪乃『……驚いたわ』
俺だって驚いたさ。
自分が他者をどう見ているのかについてここまで話したのは、高校二年時のクリスマスイベント前、平塚先生と語り合った時以来だ。
こんなことがまたあるなんて、想像すらしていなかった。
雪ノ下が相手だからこそ、できたことなのだろうか……。
雪乃『あなたが由比ヶ浜さんのことを、そんな風に見ていただなんて……』
随分と冷めた声でそう言われる。
八幡「おまえ、何か勘違いしてないか?」
雪乃『どういう意味かしら』
八幡「俺はあいつのことを、何1つとして悪くは言ってはいない」
暫し、雪ノ下が黙り込む。色々と思案しているのだろう。
そして十分な間を開けた後、こう言われた。
雪乃『……とてもそうは思えないのだけれど。あなたの支離滅裂な話を聞いていると、なんだか頭が痛くなってきたわ』
支離滅裂? 断じてそんなことはない。
俺の考えは徹頭徹尾一貫している。国語学年3位を舐めるなよ。
八幡「おまえさ……由比ヶ浜のことを、聖人か何かだと思ってないか?」
由比ヶ浜は、俺や雪ノ下の様な人間とこんなにも仲良くしてくれる、とても優しいやつだ。
ついつい、まるで女神のように感じてしまうのも分かる。
超分かる。
だがな、決してそんなことはない。
それは有り得ないんだよ。
良い部分だけの人間なんて、存在しているわけがない。
八幡「全ての相手と関わりを保ち続けるなんて不可能、友達の多い由比ヶ浜なら尚更のことだ」
八幡「自分にとってより良い仲間を見つけた時、過去の仲間を切り捨てるのは当然の行動であり、責められるようなことではない」
俺との関係性も、いずれ断ち切られてしまうのだろうか。
そう考えると心が痛くなる。
しかしそうなったとして、きっと自業自得なのだろう。
なにせ、現在由比ヶ浜を避けているのは俺の方だ。
八幡「また、見たいものしか見えず、聞きたいことしか聞こえないのも、誰だって同じだ」
俺もそうだ。
雪ノ下だって、時と場合によってはそうだろう。
八幡「だから由比ヶ浜は、卑怯な部分も醜い部分も沢山ある、至って普通の人間なんだよ」
そう、それが普通の人間というものだ。
全ての事柄に対して、常に正しくあろうとし続けるおまえのその姿勢も、それはそれで結構好きだけどな。
雪乃『成る程……。何となくだけれど、あなたの物言いも少しは理解できたわ』
八幡「そうか。そりゃ良かった」
雪乃『それで、だからどうするというの』
雪乃『由比ヶ浜さんがどんな人間であろうと、現在あなた達が互いに抱いている想いが、そう簡単に変わるわけでもないでしょう?』
八幡「……そうだな。…………その通りだ」
俺は一体どうするべきなのか。
そんなこと、高校卒業が近づいた頃からずっと考え続けてきたことだ。
由比ヶ浜には俺以上に良い相手がいくらでも居る。
だから、別々の大学になったことを機に、想いが経ち切れるまで一度距離を取るべきだと……。
その時の俺は、勝手にそう思い込んだ。
だって、かけがえのない存在なんて怖いじゃないか。
それを失ってしまったら取り返しがつかないだなんて。
失敗することが許されないだなんて。
二度と手に入らないだなんて。
でも、今更距離を置いたところで、もう手遅れのようだ。
八幡「雪ノ下、ありがとな」
雪乃『っ! 急に気色の悪いことを言い出すのは止めなさい。通報するわよ』
八幡「まぁ、なんだ。今まで頭の中で思索したことなら数え切れない程あったが、たまには口に出してみるもんだと思ってな」
どうやら自分で思っている以上に、由比ヶ浜のことを深く考えていたらしい。
とっくに由比ヶ浜は俺の中で、かけがえのない存在になってしまっていたんだ。
八幡「おまえのおかげで、自分の気持ちに整理をつけることができた」
先程、俺は彼女のことを、普通の醜い人間であると断じた。
関係性を断ち切られるのは心が痛いと、そう感じた。
これ以上、彼女の好意に甘えたままではいられない。
ならば、既に解は出ているはずだ。
八幡「だから明日、俺の出した答えを、あいつに告げてくる」
まったく、我ながら本当に面倒臭い人間だと思う。
こんな自分も愛しているがな!
俺は数年間の時を経て、ようやく、由比ヶ浜と本当の意味で向き合えそうだ。
【デート篇Ⅵ:ここから、彼と彼女の新たな関係が始まる。】
結衣「ヒッキーのこと、ずっと前から──」
八幡「止めろっ! それ以上は、言わないでくれ……」
最後まで聞いてしまったら、きっと本心を告げることができなくなる気がした。
由比ヶ浜の言葉に流され、上っ面の関係を築くのなんて、真っ平ごめんだ。
八幡「俺はまだ、おまえと付き合うことはできない」
由比ヶ浜の瞳から、一筋の滴が零れ落ちる。
このままじゃいけない。
早く、早く次の言葉を告げなければ。
八幡「っ……」
過去の様々なトラウマが甦る。
昨日、由比ヶ浜と向き合う覚悟を決めたはずなのに、体が震えて言葉が出ない。
俺は一体、どこまで臆病ものなんだ。
結衣「…………うぅっ……あたしのこと……友達として、しか……見れない……の?」
嗚咽に塗れ、途切れ途切れながらも、小さなこぶしを握り締め、由比ヶ浜は必死に言葉を紡ぎ出す。
違う。
違うんだ。
そうじゃない。
俺は──
俺は────
八幡「俺は、由比ヶ浜結衣のことが…………大好きだっ!!!!!」
・・
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
俺の意味不明な告白から、早くも約二週間が過ぎた。
素晴らしきかな、ゴールデンウィークの到来である。
社畜の鏡であるうちの両親は、GW序盤はまだ仕事があるらしい。
お疲れ様です。
心の底より感謝しています。
だから俺が大学卒業した後も、このまま養い続けて下さい。
そんなわけで、現在家には俺と小町の二人だけ。
だから俺はGW初日だというのに、日がかなり高く昇るまで眠っていた。
寝ぼけ眼のまま階段を下りると、台所から良い匂いが漂ってくる。
小町が昼食の準備をしてくれているのだろう。
八幡「小町ー、メニュー何?」
好きな食べ物だと八幡的にポイント高い。
そんな期待を込め台所を覗いて見ると……
雪乃「ちょっと何をやっているの。今すぐ手を止めなさいっ」
結衣「えぇ~、野菜切ってるだけじゃん……」
雪乃「猫の手すらできないあなたが、包丁を持つのはまだ早すぎるわ」
美少女二人が、我が家の台所で仲睦まじく料理をしていた。
そして小町がどこにも居なかった。
これは目の錯覚だろうか……。
結衣「あ、ヒッキーおはよー!」
雪乃「随分と遅いお目覚めね、寝坊助さん」
一体、どういうことだってばよ?
八幡「おまえら何でうちに居んの? ってか何勝手に上がってんの?」
雪乃「勝手じゃないわ。小町さんに入れてもらったもの」
八幡「……小町家に居なくね?」
結衣「小町ちゃんなら、さっき平塚先生と一緒に出てったよ」
げっ。
平塚先生まで来てるのかよ。
雪ノ下がGWに帰省してくるらしき話は小町から聞いていたが、それ以上のことは何も耳にしていない。
まさかうちに集まることになっているとは思ってもみなかった。
誰か、俺にもちゃんと連絡なり報告なりしてくれよ……。
ホウレンソウ、すなわち報告・連絡・相談。
社会人になったら基本中の基本ですよ?
そんなことも知らないの?
社会に出る気のない俺には、関係のないことだと思われているのだろうか。
こいつら酷い。
世間は怖い。
やっぱり俺は社会人になんてならない!
それにしても、なぜ小町は先生と共に出掛けたのだろう。
俺の疑問を感じ取ったのであろうエスパー雪ノ下さんが教えてくれた。
雪乃「戸塚君と材……木座君も今日帰省してくるそうだから、先生の車で駅まで迎えに行ったわ」
お、ようやく材木座の名前を覚えたのか。
しかし今大切なのはそんなことではない。
八幡「ととととと戸塚だと!? 戸塚もうちに来てくれんの!?」ウオオオォォォォ!
結衣「ヒッキーマジキモい……」
雪乃「呆れたわ。あなた、恋人ができても何も変わらないのね」
俺の戸塚への愛は何があっても変わらないゼ!
…………ん?
今こいつ何て言った??
恋人???
思わず由比ヶ浜の方をギロリと睨みつけてしまう。
すると、手を胸の前でわちゃわちゃさせながら慌てて弁解をしはじめた。
結衣「ちょっ、タンマタンマ! あたし何も嘘話したりしてないからねっ!?」ブンブン
八幡「……じゃあ雪ノ下に何言ったんだよ」
由比ヶ浜は指をモジモジさせながら、たどたどしく話し始める。
結衣「えっと……ヒッキーがあたしに、その、大好きって言ってくれたこととか……」
おいおい恥ずかしいじゃないか。
結衣「でも、まだ付き合うっていうのがどういうことなのかよく分からないから、少し待っていてほしいって言われたこととか……」
不甲斐なくてすみません。
結衣「最近ヒッキーがよくデートしてくれて……凄く嬉しいなぁ、とか……」
喜んでくれているみたいで何よりである。
結衣「あとは、う~ん……ゆきのんに話したのって、多分このくらいかな?」
なるほど。
全て事実だった。
八幡「おい雪ノ下、俺と由比ヶ浜は付き合っているわけじゃないぞ」
恋人。
それは、約款だらけの契約だ。
自分は相手のことが好きなのだと、相手は自分のことが好きなのだと、そう思い安心する為に存在している言葉な気がしてならない。
もっとも、それが悪いことだとは思わない。
恋人という形態を取ることで互いに安心できるのであれば、由比ヶ浜の心が安らぐのであれば、きっと良いことなのだろう。
でも現在の俺には、由比ヶ浜の期待に応え続けるだけの自信がない。
自分に自信が持てるまでは、恋人などという安易な言葉に安心していたくはない。
今はまだ、考えてもがき苦しみ、あがいて悩んでいたい。
だから、もう少しだけ待っていてほしい。
雪乃「互いに好意を抱いている男女が、頻繁にデートを重ねている……傍から見れば、付き合っているのと何も変わらないじゃない」
結衣「えへへ~」///
言いたいことは山ほどあるが、由比ヶ浜が嬉しそうだし、まぁ……放っておくか。
雪乃「比企谷君の捻くれ具合にも改善の兆しが見えてきたことだし、これ以上は追及しないでおいてあげるわ」
改善の兆しって何だよ。
俺は自分の性格が大層気に入っているし、環境や人との関係が変わろうと、今後とも自分自身が変わるつもりは更々ないぞ。
八幡「あ、そういえばおまえ、電話で依頼がどうのこうのと言っていたが……一番最初に平塚先生が持ってきた依頼のことだったのか」
確か依頼内容は、俺の捻くれた孤独体質の更生だったはずだ。
雪乃「違うわ。捻くれている部分はともかく、もうとっくに孤独ではないじゃない」
八幡「じゃあ依頼って何なんだよ。由比ヶ浜が、俺とのデートを取りつける件以外にも何か頼んだりしたのか?」
結衣「ん? あたしはそれ以外何も頼んでないよ?」
じゃあ一体どんな依頼だ?
俺と由比ヶ浜は一緒になって頭を悩ます。
結衣「あっ! あたし分かっちゃったかも!!」ハーイ!
八幡「お、何だ?」
結衣「それはね~、『俺は本物が欲しい』ってやつだよっ」エッヘン
…………。
うわぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!
忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい
雪乃「正解よ、由比ヶ浜さん」
結衣「わーい!」
八幡「もう二年も前のことだろ……。いい加減に忘れろよ……」
雪乃「あなたから依頼を持ち掛けられたのは、高校二年の12月。そして現在は大学一年の5月頭」
雪乃「つまり、まだ一年半も経過していないわ。前々から数学が苦手だったようだけれど、ついに引き算すらできなくなってしまったの?」
……年度で数えれば、別に俺間違ってなくね?
雪乃「それで、その依頼は解決したということで良いのかしら」
八幡「あー、その依頼なんだがな、多分一生解決しないぞ」
結衣「えぇ~、なんでっ!」プンスカ!
八幡「今になって思えば、あの依頼が解決することも解消されることもありえないんだ」
結衣「どゆこと?」
八幡「言葉の意味は受け取る人の素養や価値観、置かれている環境によって大きく左右される」
八幡「俺の考えている本物、由比ヶ浜の考えている本物、雪ノ下の考えている本物。きっと全て違うものだ」
八幡「言葉を尽くしたところで、その答えを共有なんてできっこない」
八幡「だから、考え続け、求め続けるしかない。本物の答えより、その求め考え続けることが大切なんだよ」
考え続け求め続ける以上、そこに終わりはない。
ようするに、あの依頼に終了は訪れない。
雪乃「何か釈然としないわね」
結衣「うぅ~……、あたしはヒッキーと共有したいかも」ムスー
八幡「……本物が何かという答えは共有できなくても、共有できているものならちゃんとあるさ」
結衣「えっ! なになに?」
八幡「それは……」
結衣「それは?」
八幡「それはだな……」
ガチャッ
小町「たっだいま~!」デデン!
八幡「…………」
結衣「…………」
雪乃「……おかえりなさい」
小町「あ、あれ? 小町としたことが、もしかして空気読めてませんでした?」
狼狽する小町を余所に、後ろからぞろぞろと人が入ってくる。
平塚「やぁ。ようやく起きたのか」
義輝「会いたかったぞ八幡! 新たな境地へ到達した、我の新作をしかと目に焼き付けるがいい!!」
彩加「皆、久し振り」ヒラヒラ
天使だ……数ヶ月ぶりに、俺の前へ天使が舞い降りた…………。
八幡「俺も会いたかったぞ戸塚ぁぁぁぁ!!!!!」
彩加「僕も会えて嬉しいよ!」
義輝「あっれあれ~? 会いたかったって言ったの我なんだけど! 我なんだけど!!」
平塚「そういえば比企谷、私を差し置いて由比ヶ浜と良い感じになっているらしいなぁ……」ケッコンシタイ…
八幡「ちょっ、なんで先生がそのこと知ってんすか! 小町おまえかっ!?」
小町「ワタシジャナイヨー」
八幡「おい待て逃げるな小町ぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!」
結衣「ヒッキー! さっきの話の続きは? ヒッキーってばぁ~」ピーピーギャーギャー!
雪乃「まったく、騒々しいわね……」
本物が何かという答え。
それは皆バラバラで、共有することなんてできないけれど、それでいい。
いつか各々の本物を見つけ出せればそれでいいさ。
けれど共有できているものもある。
それは、今まで共に過ごしてきた時間と、別々の道を歩んでいても尚、現在こうして集まれているという事実だ。
その事実があるだけで、今の俺には十分だ。
しかしいずれ、もっと多くを求める時が来るのだろう。
俺から由比ヶ浜へ更に踏み込む時が、遠からずくるのだ。
だから、俺と由比ヶ浜の曖昧な関係は、傍から見て正しくないのかもしれないけれど
もう少しこのままで─────
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 ~デート篇~
了
【誕生日篇Ⅰ:ついに彼等は、2年越しの約束を果たす。】
小町「あれ? お兄ちゃん出かけるの?」
本日、6月初旬、休日なり。
ひっそりと家を出ようとしたところ、玄関先で小町に発見されてしまった。
八幡「ん、ちょっとな」
小町「また結衣さんとデート?」
ニヤニヤしながらんなこと聞いてくんな!
俺と由比ヶ浜が友達以上恋人未満の関係になってから、小町はいつもこんな調子である。
八幡「ちげーよ」
小町「またまたー。普段ちょっと買い物に行くくらいの時はジャージだったり髪ボサボサだったりするのに、今はちゃんとお出かけする格好じゃん」
流石は我が妹。
人間観察に優れていらっしゃる。
八幡「まぁ今日は一人じゃないからな」
小町「てことはやっぱりデートなんでしょー?」
小町「お兄ちゃんと遊んでくれる相手なんて結衣さんくらいしか居ないんだからさ、今更バレバレの嘘吐かなくってもいいのに~」フフン!
ひでぇ……。
そんなこと言われるとお兄ちゃん傷ついちゃうよ?
戸塚や材木座や雪ノ下といった俺が高校時代交流を持っていた相手は、現在東京にて一人暮らしをしている者が多い。
川なんとかさんは今でも千葉に居るみたいだが特にこれといった関わりもないし、地元在住で俺と共に出かけるような相手は由比ヶ浜しか居ないというのは、まぁ妥当な推測だろう。
え? 大学の友達?
ばっかおまえ、大学では誰とも関わってないに決まってんだろ!
しかし……。
八幡「いや、今日は本当に由比ヶ浜じゃないんだけど」
小町「はっ! まさか浮気!?」
これ以上小町と下らないやり取りを続けていたら時間に遅れてしまう。
小町を適当にあしらい、歩くこと約10分。
目的の駐車場までたどり着く。
約束の相手は、既にそこで俺を待ち構えていた。
平塚「お、来たか」
八幡「ども。お待たせしました」
平塚「気にするな、私も今来たところだ。久し振りだな、比企谷」
そう言って笑顔を向けて来る女性は、我が恩師、平塚静である。
久し振りっていうか、ゴールデンウィークに会ったばかりなんだが。
八幡「あれからまだ1ヶ月しか経ってないと思うんですけど」
平塚「ははは。それでも久し振りに感じてしまうのだよ。つい数ヶ月前までは、しょっちゅう顔を合わせていたのだからな」
八幡「確かにそっすね」
平塚「まぁ、世間話は移動しながらにでもしようではないか。さぁ、乗りたまえ」
八幡「んじゃ、よろしくお願いします」
このスポーツカー、相変わらずメタリックでかっけぇ!
そんなことを思いながら平塚先生の愛車の助手席へ乗り込む。
すると程なくして、低い稼働音と共に車が走り出した。
その重低音とは裏腹に運転は軽やかだ。
心なしか、軽快に走る車と同じく、平塚先生自身もルンルン気分のように見える。
八幡「なんか、機嫌良さそうですね」
平塚「ずっと楽しみにしていたからなぁ。君が高校を卒業したら一緒にラーメンを食べに行こうという約束をしたのが、随分と前のことのように感じられるよ」
八幡「そんなメールが送られて来たのは、たしか高2の……夏休みのことでしたっけ?」
平塚「お! あと3ヶ月程で、あれから2年も経つのか。時間の流れは早いものだな」
平塚「はぁ……。年々早くなっていくような気がする……」
あぁ……。
歳を取れば取る程、体感時間は縮むっていいますもんね。
事故られても困るので、その発言は心の中に留めておくことにする。
八幡「随分と前のことのように感じられるって言ったり、時間の流れは早いって言ったり、一体どっちなんですか……」
平塚「よし。この話は止めにしよう!」
えぇ~……。
年齢が絡んだ途端にこれかよ。
まぁいいけど。
八幡「んで、どこに連れてってくれるんですか?」
平塚「近い所は自分で行ってしまうだろうと思ってな。今日行くのは、車で1時間程かかる隠れた名店だ」
八幡「結構遠いっすね」
平塚「安心したまえ。話したいことはまだまだ山ほどある! 話したいことというより、聞きたいことだが」
……嫌な予感しかしない。
平塚「結局、由比ヶ浜とはどうなったのだね?」
俺が由比ヶ浜へ想いを告げたことは、ゴールデンウィークの時点で平塚先生も知っていたわけだし、そりゃあ聞いてきますよね……。
まったく小町のやつめ!
なんで余計なこと喋っちゃうんだよ!!
隠しておいても良かっただろうに。
八幡「何というか……、ぼちぼちです」
平塚「なんだ。まだちゃんと付き合っていないのか」
八幡「いや、あの、付き合ってはいないものの、一緒に出かけたりはよくしてますし……」
変な心配をされないようにそう答えたのだが、平塚先生は逆に呆れ顔になる。
平塚「君達には君達なりのペースというものがあるのだろうし、あまり小うるさくは言いたくないのだが……」
八幡「?」
平塚「君が今やっていることは、見様によっては彼女候補をキープしているのと同じことだぞ?」
八幡「ちょっと! キープとか人聞きの悪いこと言うの辞めて下さいよ!」
平塚「何が違うと言うのだね……」
由比ヶ浜が俺に向けてくれている好意を分かった上で、俺は由比ヶ浜に好きだと言った。
だが付き合うわけでもなく、今も曖昧な関係を維持し続けている。
確かに客観的に見れば、それはキープになってしまうのかもしれないが……。
八幡「……んなこと言われましても」
平塚「相思相愛なのだろう? ならばとっととはっきりさせて、清い男女交際を行えば良いだけではないか。何を困ることがある」
八幡「相思相愛とか言うの辞めて下さいよ。照れるじゃないっすか」
平塚「ははは」
うぅむ……。
きっと、平塚先生の言っていることは正しいのだろう。
だが、俺はどうにも、言われた通りの行動を取ることができそうにない。
八幡「由比ヶ浜をずっと待たせてるってことは、自分でも分かってるんですけどね……」
平塚「いいか比企谷! 出会いなんてのはな、歳を取れば取る程減っていくものなんだ!」
平塚「自分の人生にあと何回チャンスが残されているのかは、誰にも分からないのだぞ?」
平塚「それなのにせっかくの貴重なチャンスを無駄にしてどうするッ!!」
八幡「えっと……、あの……」
平塚「あの時ああしていれば良かっただとか! あの人は絶対に逃すべきではなかっただとかっ! あんな男にはもっと早く見切りを付けるべきだったとか!」
平塚「そんなことを、今更悔やんでも、遅い、ん、だぞ……うぅ……」グスン…
八幡「せ、先生なら大丈夫ですって! きっとまだチャンスありますよ! だからとりあえずちゃんと前見て運転して下さいっ! ほら! 前っ!!」
平塚「す、すまない……」
なんでいつの間にやら、俺が平塚先生を慰めることになってしまっているのだろう……。
この人トラウマありすぎだろ……。
黒歴史対決でもしてみたら、俺と結構良い勝負になるんじゃね?
平塚「……取りみだしてしまいすまなかった」
八幡「はぁ……」
平塚「と、とにかくだな。君のことだ、きっと相手が大切だからこそ慎重になっているのだろうが、それじゃ駄目なんだ」
平塚「大切であればある程、曖昧な関係ではなく、きちんとした関係を築いていくべきだと私は思うよ」
この上なく正論に聞こえる。
いや、誰かに言われるまでもなく、そうすべきなのだということは自分自身でも分かっている。
けど、俺は……。
【誕生日篇Ⅱ:やはり比企谷八幡は、由比ヶ浜結衣に弱い。】
平塚先生とラーメンを食いに行った次の週の日曜日。
由比ヶ浜と会うべく、俺は街中で1人突っ立っていた。
由比ヶ浜に想いを告げたあの日以来、何度か共に出かけたり……つまり所謂デートの様なことを重ねてきたものの、いまだに慣れないのはなぜだろうか。
家を出る前はそわそわしてしまい小町にからかわれるし、つい早く待ち合わせ場所に来てしまう。
そして待ち合わせ場所に着いてからは必要以上にキョロキョロとあたりを見回してしまい、通行人から
「何あの挙動不審な人……不審者?」
みたいな視線を向けられてしまうのがいつものパターン。
しかし、何度も同じ失敗を繰り返してしまう程俺も馬鹿ではない。
小町にからかわれたり早く来すぎてしまうあたりは今まで通りだが、まだ大丈夫。
きっと大丈夫なはずだ。
今日こそは、挙動不審な真似なんてしてやるものかっ!
そう心に固く誓い、直立不動のままでいること約10分。
黒ずくめの男の怪しい取引(妄想)を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいて来る怪し…くない影に気が付かなかった。
結衣「やっはろー!」
八幡「ひゃぃ!?」
結衣「ヒッキーお待たせ~……って、どしたの?」
キョトンとした顔で問いかけられる。
ほら、急に後ろから声をかけられるような経験、俺にはほとんどないから。
どうしてもビクッとなってしまうわけでして。
八幡「い、いや。なんでもないぞ」
結衣「今の反応絶対普通じゃなかったし!」
八幡「気にしないでくれ……」
……俺、出だしから格好悪すぎやしない?
今日はちょっとしたサプライズがあるもんで、いつも以上に緊張していたりするのだが、それを悟られない様に振る舞わなければ。
八幡「ってか、おまえも来るの結構早いな」
結衣「だって、毎回ヒッキー早く来てるくれてるから、長々待たせちゃうのもなんかなぁ~と思って」
八幡「俺が勝手に早く来てるだけだから、気にしなくってもいいんだぞ」
結衣「ふぅ~ん。……そんなに楽しみだったりするんだ?」
八幡「べ、別にそういうわけじゃ……なくもないが……」
結衣「ふふっ」
おい。急に優しく微笑むな。
ドキッとしちゃうだろ!
八幡「コホン……何か、少しいつもと雰囲気違うな」
結衣「そう?」
八幡「あぁ。なんつうか……、清楚系ビッチって感じがする」
結衣「清楚系ビッチって何だし! ってか元々ビッチじゃないからぁ!!」
本日の由比ヶ浜は、白を基調としたワンピースに、淡いピンクの上着を軽く羽織ったような出で立ちだ。
色合いやパッと見の雰囲気は清楚っぽいのだが、いかんせん胸元や太股の露出度のせいでビッチ感が拭いきれていないような気がする。
そのワンピース、なんで丈短けぇんだよ。
いやまぁ可愛いし眼福なんだけど。
由比ヶ浜が「うぅ~~~」と唸りながらこちらを睨みつけてくる。
結衣「今日はビッチ呼ばわりされないような服を選んだつもりだったのに……」
……そんなことを考えてくれてたのか。
俺としては、由比ヶ浜が周りの視線を集めてしまうのが嫌でついああいう良い方をしてしまっていただけで、本気で嫌だったわけじゃないんだけどな。
ちょっと罪悪感が湧いてきたので、率直に謝っておく。
八幡「悪い。あ~、なんだ、その……、正直、物凄く可愛いと思うぞ?」
結衣「……言い訳っぽい」
八幡「嘘じゃねぇよ。ただ、素直に褒めるのが恥ずかしかったから、つい、な……」
結衣「まったくもぅ。ヒッキーはそういうとこ相変わらずなんだから」
そう言うと由比ヶ浜は、おもむろに俺の腕へ自分の腕を絡みつかせてくる。
八幡「ちょ、止めっ」
結衣「ダーメっ! ビッチビッチ言われて、意外と傷付いてるんだからね?」
八幡「悪かったって……」
結衣「ならこれくらいのこと許してくれてもいーじゃん!」
八幡「だ、だからって、腕組んで歩くとか俺にはハードルが高すぎて……」
抵抗する俺を見て、クスクスと笑いだす。
え? なんで俺笑われてんの?
八幡「……急になんだよ」
結衣「だって、口では嫌がっておきながら、……ぷぷっ、凄い、ニヤけてるんだもん」
八幡「っ!?」///
だからあの、そんなにくっつかれると色々柔らかいものがあたってるからね?
そういう態度は即刻おやめなさい。
そんなにひっぱんなくても逃げたりしないから!
とまぁ理性を総動員してみたところで、満面の笑みで俺の腕をひく由比ヶ浜を見ていると、更に頬が緩むのを抑えきれないのであった。
【誕生日篇Ⅲ:御覧の通り、由比ヶ浜結衣はぐいぐい攻めている。】
本日の目的地は、とあるアミューズメント施設。
ゲーセンや映画館、ボーリング場やカラオケ等々、色々詰まっている系のアレだ。
今回の行き先は一応俺が考えたのだが、大層なデートプランを考えることなどできない俺にとって、一ヶ所で楽しめそうな施設は大変ありがたい。
だがそこへ行く前に、由比ヶ浜に連れられ近くのカフェへと立ち寄っていた。
八幡「ここに前から来たかったのか?」
結衣「ううん。近くに良いお店ないかなぁ~って昨日調べてみたら、ここが丁度良さそうだったから」
店内へと入ることにより腕から解放された俺は、由比ヶ浜と対面の席へ座る。
べ、別に、腕離されて残念とか、全然思ってないんだからねっ!
……そんな冗談はともかく、飲食店でわざわざ隣同士に座るバカップルって一体なんなの?
俺は公共の場でイチャついたりなんてしない!
既にもう遅いとか、そんなことはないはず……。
八幡「結構良い雰囲気のとこだな」
結衣「でしょ? 値段もいい感じだったし」
たしかに、アミューズメント施設内の飲食店だと、無駄に高かったりするもんな。
それに対し、ここのカフェは中々リーズナブルなお値段である。
メニューにしても、カフェらしい軽食から、普通の昼食っぽいものまで様々のようだ。
……情けない話だが、これもう最初から由比ヶ浜にデートプラン任せた方が良かったんじゃないの?
結衣「ヒッキー何頼む?」
八幡「う~ん……。流石にラーメンはなさそうだな……」
結衣「そりゃカフェにラーメンはないでしょ……」
八幡「ま、ラーメンは先週滅茶苦茶美味いのを食いに行ったし、別にいいか。んじゃカレーで」
結衣「飲み物は?」
八幡「水で良い」
由比ヶ浜が手早く店員を呼び、カレーとカツサンドとサラダ、そしてなんだか難しそうな名前の飲み物と、食後のパフェを注文する。
八幡「スタバのコーヒー並みのネーミングセンスだな……」
結衣「あはは。カフェの飲み物って、どこもそんなモンでしょ」
八幡「え、そうなの? んじゃ何? この世のリア充共は皆、そういう品名を噛まずに言えるのかよ。すげぇなそれ」
結衣「そうなんじゃない? よく知らないけど」
知らないのかよ。
もちろん俺も知らんけど。
結衣「あ、そうだ。さっき言ってた滅茶苦茶美味しいラーメンっての、ちょっと興味あるかも。今度あたしも連れてってよ」
八幡「あぁ~、それは難しいな」
結衣「?」
八幡「油ギトギトの豚骨がメインの店だったから、多分普通の女子には合わない」
八幡「それに車で1時間もかかる所だったからな……。行くなら近場の美味い店で勘弁してくれ」
結衣「うん、じゃあそれで。忘れないでね?」
デート開始からまだ30分程しか経過していないのに、早くも次の約束を取り付けられてしまった。
流石由比ヶ浜さん。
女子大生になってから、策士レベルがUPしているんじゃないですか?
結衣「ヒッキーが車でお出かけって珍しいね。そういう話、普段聞かない気がする」
八幡「何でそういう些細なとこに目ざとく気付くんだよ。女の勘ってほんとパないな……」
結衣「ほぇ?」
八幡「あ~、えっとな、実は平塚先生に連れてってもらったんだ。言っておくが浮気とかそういうのじゃ……」
結衣「ちょっ、先生相手でそんな勘違いしないし! ってかそういう言い方されると逆に怪しいんだけど」
八幡「だからちげぇっての……」
もし小町以外の女子と遊んだりでもしたら、こりゃきっと一発でバレるな。
もっともそんな相手は居ないので、心配するだけ無駄である。
むしろ大学では、女子どころか男子とも一切会話できないまである。
何それ、自分で言ってて悲しくなってきた……。
……高校卒業間際せっかくちゃんと友達になれたわけだし、雪ノ下とはまた会いたいとも思うが、そん時は当然由比ヶ浜も一緒に居るだろうしどの道心配する必要はないだろう。
結衣「先生どんな感じだった?」
八幡「どんな感じって言われても、数ヶ月じゃ何も変わってないさ」
いつも通り年齢を気にしてた。
マジで誰か早くもらってあげて!
俺はもう、もらってあげたくなったりしないから!!
結衣「どんな話してたのか気になるじゃん。あっ、本気で疑ってるとかそんなんじゃなくて、ほら、総武高のこととか!」
良かった。
気にしているのは高校のことか。
それなら、あの会話については触れる必要がないな。
八幡「小町も一色も、ちゃんと生徒会やってるみたいだぞ。他は……特に高校の話してねぇな」
結衣「ふ~ん、そっか。奉仕部なくなっちゃっても、小町ちゃんなら大丈夫だよね」
八幡「あぁ。あいつは俺と違って、クラスにもちゃんと居場所があるしな」
結衣「これから自虐ネタ禁止」
八幡「えっ……」
そんな雑談をしている内に料理が運ばれてくる。
俺が頼んだカレーも、由比ヶ浜のカツサンドとサラダも、全て美味そうだ。
結衣「ヒッキー、これ1つ食べる?」
八幡「あぁ。こっちもカレー1口くらいやるぞ?」
結衣「うん。いただきまーす!」
俺はカツサンドを1切れもらい、由比ヶ浜はサラダに付いてきたフォークを器用に用いてカレーを1口頬張る。
うむ。美味い。
なぜこんな行為を自然にできているかって?
最初の1口目を食われる分には何の問題もないのだ。
これなら間接キスになりようもない。
だが、問題は食後のデザートで発生した……。
結衣「はい、どうぞ」
由比ヶ浜はそう言って、俺にパフェを1口差し出す。
え、もしかしてこれ、フィクションでよく目にする「あ~ん♡」ってやつ?
いやいやいやいや!
そんな真似できるわけないだろ!!
八幡「……遠慮しとく」
結衣「ヒッキー甘いの好きでしょ?」
八幡「そうだけど、ほら、分かるだろ……?」
結衣「間接キスとかそういうのヒッキー気にするかなぁと思って、最初にあげようとしてるのにー」
まだ由比ヶ浜は1口も食べていない状態なので、確かに俺は間接キスをしないで済む。
でも、その後そのスプーンでそっちもパフェを食べるわけだし、問題は何も回避できてないんじゃないですかねぇ。
結衣「こっちだって、その、割と恥ずかしいんだからさ。早くパクッとしちゃってよ」
八幡「恥ずかしいなら止めとけば良いんじゃ……」
結衣「んっ……」
ズルい!
涙目&上目使いのコンボはズルい!!
八幡「わ、分かったよ……」
結衣「ほんとっ!?」
パァァァっと、由比ヶ浜の顔が笑顔になる。
はぁ……。
ついさっき「俺は公共の場でイチャついたりなんてしない!」と誓ったばかりだというのに、こうなってしまった以上やるしかないのか。
意を決して、俺はパフェを頬張る。
比企谷八幡18歳、ついに人生初の「あ~ん♡」を経験してしまった……。
そして、スプーンを拭くこともなく、そのまま由比ヶ浜もパフェを食べ始める。
結衣「えへへー」
八幡「お前なぁ……、さっきは俺の事ニヤけてるだの顔真っ赤だの言ってきたくせに、今度はそっちがそういう顔してるぞ……」
結衣「だって、へへへっ、嬉しいんだもん」
おい、ニヤケ面でクネクネしながらパフェ頬張んな。
しかし、とてつもなく嬉しそうな顔を見ていると、怒るに怒れない……。
結衣「ヒッキーも真っ赤になってるよ」
八幡「……由比ヶ浜が可愛すぎるのが悪い」
結衣「えっ……」
八幡「な、なんでもない!」
結衣「もっかい! 今のもう一回言って!!」
八幡「絶対に嫌だ」
───結局、同じ台詞を1回どころか3回程言わされましたとさ。
ほんと俺の精神が持ちそうにないんだが……。
【誕生日篇Ⅳ:またしても、思い悩み、問い直す。】
散々恥ずかしい思いをさせられ、頭が沸騰しそうなままあっという間に時間は過ぎ、早くも夕方である。
由比ヶ浜はゲーセンでもカラオケでも、非常に楽しそうにしていた。
俺はてっきりデートなんだし映画でも見たがるものかと思っていたのだが、由比ヶ浜曰く
「映画だったらDVDでも借りて、家でのんびり見た方が良くない? あ、そうだ! 今度ヒッキーんちにオススメのやつ持ってくからっ!」
とのことだ。
ラーメン食いに連れていく件に引き続き、2つ目の約束まで取りつけられてしまったな。
由比ヶ浜さんマジ策士。
そんなこんなで帰宅のお時間。
俺は由比ヶ浜の家の近くまで来ていた。
結衣「まだそんな暗くないし、わざわざ送ってくれなくても良かったのに。……まぁ、凄く嬉しいんだけどさ」
頭のお団子をくしゃりといじりながら、由比ヶ浜が照れつつ微笑む。
だから何で一々仕草が可愛いんだよ!
うっかり惚れちゃうだr……いやまぁ、既にベタ惚れですけれども……。
八幡「たしかに最近日が伸びてきたよな。でも俺がしたくてしてるだけだから、気にすんな」
結衣「うん。ありがと」
八幡「それに……、ちょっと今日は、渡したい物と言いたい事があってな。中々切り出せなくてここまで連いて来たってのが正直なとこだ」
結衣「……?」
どちらからともなく歩みを止め、二人して立ち止まる。
二年前の夏、由比ヶ浜が俺に何かを言おうとして、やめた場所。
そして二ヶ月前、俺が由比ヶ浜に想いを告げた場所。
今回も、奇しくもあの時とほとんど同じ地点だ。
八幡「えっと、な。まだ少し早いけど、今週おまえの誕生日だろ? だから、……プレゼントだ」
由比ヶ浜の誕生日は今週の水曜。
別々の大学とはいえ、実家暮らしのままな俺達が平日に会うのも無理ではないが、それではプレゼントだけ渡してすぐ解散みたいになってしまいかねない。
そうなるより、1日遊んだ後に渡した方が良いだろうという俺なりの判断だ。
誕生日当日にもメールくらいは送るつもりだけどな。
……いや、そうなるかどうかは、この後の話次第か。
結衣「あ、ありがとうっ! まさか今日貰えるなんて思ってなかったよ! ねぇねぇ、今開けてみても良い?」
八幡「いいけど、それ程期待しないでくれよ」
そういえばこいつ、去年のリードも一昨年の首輪も、貰ってからすぐに開けていたな。
なんだか懐かしい。
結衣「うわっ!? 何この高そうなネックレス!」
八幡「高そうに見えるだけでそうでもないんだな、これが」
結衣「ほんと?」
八幡「あぁ。数千円だ」
結衣「へぇ~。何万円もするやつに見えちゃった。ヒッキーって、意外とセンス良かったんだね」
おいおい、一言余計だ。
そこは素直に喜んどいてくれよ。
八幡「ま、色々考えたんだよ。一昨年プレゼントした犬の首輪を、チョーカーと勘違いして喜んでたろ?」
八幡「だから最初はチョーカーにしとこうかと思ったけど、そういうの俺にはよく分かんなくってな。そういうわけでネックレスにしておいたんだが……」
結衣「うんっ! 凄い嬉しい!!」
八幡「そうか。そりゃ良かった」
いやもう本当に良かった。
ネックレスを買う際、店で相当頭を悩ませたからな。
これでガッカリされでもしたら、正直かなりショックを受けたことだろう。
結衣「せっかくセンス良いんだからさ、自分もお洒落してみたらいいのに」
八幡「別に俺はセンス良くねぇよ」
結衣「でもこれ、ヒッキーが選んでくれたんでしょ?」
八幡「あー……、それはその、あれだ。自分で自分のを選ぶのと、由比ヶ浜にならどんなのが似合いそうか考えるのじゃ、まるで違うだろ」
結衣「ふ~ん、へぇ~。自分のは無理でも、あたしに何が似合いそうかは分かるんだ?」エヘヘー
由比ヶ浜が、とても嬉しそうにはにかむ。
ってか俺、今日恥ずかしいこと言いすぎじゃね?
……しかもこれから、もっと恥ずかしいことを言わなければならないのだが。
結衣「それで、さっき話もあるって言ってたけど、……何?」
ふと、由比ヶ浜が笑みを引っ込め、神妙な面持ちになる。
期待半分、不安半分といった具合に、体をそわそわさせている。
俺はずっと由比ヶ浜を待たせ続けてきたのだから、こんな表情をさせてしまうのも当然だろう。
八幡「前に、俺の方から告白しておきながら、
『付き合うってのがどういうことなのか、まだよく分からないから、少し待っていてほしい』
……みたいなこと言ったの、覚えてるよな?」
結衣「……うん。答え、決めてくれたの?」
八幡「付き合うってのがどういうことなのかは、もう分かったつもりだ」
八幡「多分、ここ最近やってることは、恋人同士の関係とまんま変わらない……ような気がする」
八幡「そしてそのことを、喜ばしく感じている自分が居るのも事実だ」
結衣「じゃあ、じゃあさ! ちゃんと付き合ってくれるってことで──」
八幡「ちょっと待て。最後までちゃんと聞いてほしい」
結衣「……また、逃げたりしないよね?」
少し震えた声で、とても不安そうに問いかけてくる。
全部俺のせいだ。本当に申し訳ない。
だが、これ以上そんな思いをさせないためにも、ちゃんと話し合っておかなければならないことがある。
八幡「あの時言った通り、俺は由比ヶ浜のことが……だ、大好きだ。それは今でも変わらない」
八幡「でも、踏ん切りが付かないのには色々と理由があってな……」
結衣「ん、全部聞くから、ちゃんと話してほしいな」
八幡「あぁ、分かった……」
夕日が沈み、外套の明かりに照らされながら、長々と話を続けた。
まず、これから先も、由比ヶ浜の期待に応え続けるだけの自信を持てないということ。
自分に自信が持てるまでは、恋人などという安易な言葉で安心していたくはないと、そう思っていたということ。
結衣「思ってた……ってことは、今はそうでもないの?」
あぁ。
それについては、先週平塚先生と話したおかげで、自分の中である程度整理をつけることができた。
平塚先生にも、由比ヶ浜との関係についてこう思っているということを話してみたら、
「何を言っているんだ。どうせいつになっても、そんな自信は持てないのだろう? 永遠にそのままでいるつもりかね?」
とか、
「悩んでいるままで良いんだよ。永久不変の感情なんて有り得はしない。そしてそれは間違いじゃない」
「これから由比ヶ浜と一生を共に過ごすも、別の新しい愛を見つけるも、それは君達の自由だ」
「だから期待に応え続けるとかそんなことを考えていないで、もっと『今』を、1つ1つ大切にすべきだ」
と言われた。
先生、言ってることはほんとカッケーなぁ。
なんで良い相手を見つけられないんだろう?
おっと、話題を戻すとしよう。
そう言われてしまっては、グダグダと悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまう。
だからもうやめた。
先のことなんて考えてみても分からない。
だが、今現在の「由比ヶ浜結衣のことが好きだ」という想いには、自信を持つことができる。
そのことを全て、ありのままに話してみると、
結衣「うん。ずっと好きでいさせてみせるから、それで十分だよ。でもヒッキーも、あたしが離れてかないようにちゃんと捕まえててねっ!」
と、笑って言われてしまった。
しかし、まだ話しておかなくてはならないことがある。
むしろ本題はここからだ。
結衣「本題?」
八幡「あぁ。多分根本的に、恋愛に対する認識が、俺と由比ヶ浜ではまるで違う」
結衣「?」
由比ヶ浜はきっと、恋だの愛だの、そういった感情を、素敵なものだと思っている。
けれども、俺はそうは思わない。
いや、素敵な側面もあるのだろう。
それはこの数ヶ月の中で、身をもって体験したことだ。
それでも尚、俺は恋愛感情を賛美する気にはまるでならない。
結衣「えっと、ヒッキーはさ、あたしと一緒に居て楽しいとか嬉しいって感じてくれてたんだよね?」
それはその通りなんだけどな……。
恋愛感情は独占欲に他ならない。
最初に清楚系ビッチ呼ばわりしてしまったのだって、おまえが周りの視線を集めてしまうような格好をしているのが嫌だったからだし、すぐに嫉妬だってしてしまう。
由比ヶ浜のことをジロジロ見てくる有象無象には、金槌を投げつけたくなるまである。
それに独占欲だけならまだしも、恋愛は依存性まで孕んでいるように思える。
そういった感情は、決して褒められたものではないはずだ。
高2の初め頃と比べて、今の自分は随分と人間強度が下がってしまった。
いやいや、中二病とかそういうのじゃなくてだな。
孤高であることは強い。
繋がりを持たないということは守るべきものを持たないということだ。
つまり、逆説的に考えて、近頃の俺は脆くなってしまったのだろう。
それこそ、ぼっちであることに誇りを持っていたはずなのに、もう独りには戻りたくないなどと考えてしまう程に。
俺の話を聞いて少し逡巡したのち、ぽつりぽつりと由比ヶ浜は答え始める。
結衣「ん~、なんていうか全部、今更だなーって感じなんだけど……」
うん?
今更ってなんだよ……。
結衣「ヒッキーってさ、恋人どころか、友達関係でも無駄に重く考えてたよね」
八幡「そ、そうか?」
結衣「うん。人間関係全般、そんな感じだったと思う」
八幡「むぅ……」
結衣「だから、そんなこと言われても今更だよ」
結衣「ヒッキーが変に重たい部分あることとか、凄く面倒な考え方してることくらいとっくに分かってて、その上で好きになっちゃったんだもん」
慈しむような、とても優しい視線を向けつつ、徐々にこちらへ近づいてくる。
結衣「心配しなくっても大丈夫。二人で一緒に手を取って歩んでいけば、きっと大丈夫だから」
八幡「由比ヶ浜……」
結衣「それにほら、あたしだって嫉妬くらいするし、独占欲もあるんだよ?」
そして、真正面から抱きしめられる。
腕を抱かれたことはあっても、こうもおもいっきし体を抱きしめられたのは初めてだ。
由比ヶ浜の体温と、そして心の温かみが、ひしひしと伝わってくる。
結衣「今までだってすれ違いとか色々あったけどさ、全部なんとかなってきたじゃん」
八幡「そう、だな……」
結衣「だからね、そんなに難しく考えないで、あたしのこと……、まっすぐ愛してほしいな、なんて……」
非常に照れながらも、必死に語りかけてくる。
由比ヶ浜結衣はとても優しい女の子だ。
この『愛してほしい』という言葉でさえ自分のためではなく、俺を安心させ、納得させるためにそう言っているように感じられる。
ここまでさせてしまっているのだ。
もう、腹をくくる以外に選択肢はないだろう。
八幡「……本当に、俺なんかでいいのか? 多分おまえが思っている以上に、俺は面倒なやつだぞ?」
結衣「もう十分過ぎるくらい面倒だけど、全然嫌いになったりなんてしないから、安心して」
八幡「あぁ……」
俺を抱きしめる腕に、より一層力が込められる。
そして───
結衣「あなたのことが好きです。この上なく愛してます」
結衣「だからあたしと……付き合って下さい」
八幡「…………喜んで」
由比ヶ浜が瞳を潤ませながら、俺の胸に顔を埋めてくる。
落ち着かせるように、こちらも強く抱き返す。
もしかしたら、俺の方も少し涙目になってしまっていたかもしれない。
数分して腕の力を緩めるも、由比ヶ浜は中々離れてくれそうにない。
ってかここ、人通りが少ないとはいえ公道なんですけど……。
その辺の状況ちゃんと分かってます?
何はともあれ、比企谷八幡と由比ヶ浜結衣の関係は、さらに前へ進むことができたのであった。
【誕生日篇Ⅴ:ようやく彼と彼女の関係は定まり、新たなる1歩を踏み出す。】
あれから数日後、ついに6月18日。
由比ヶ浜結衣、19歳の誕生日だ。
あとたったの一年でハタチかよ。
大人になんてなりたくない。
ずっと子供のまま、社会から保護されて生きていきたい。
そもそも、学生でなくなるとか想像できない。
はぁ……、これ以上歳を取るのは嫌だなぁ……。
自分の誕生日なわけでもないのに、そんなことを考えながら大学から家へと帰る。
どうやら小町はまだ帰ってきていないようだ。
生徒会の仕事か、はたまた友達と遊んでいるのだろうか。
リビングのソファーに寝転がりながらケータイをいじる。
この前プレゼントを渡したとはいえ、おめでとうのメールくらいは送っておかないとな。
それとも電話の方が良いのだろうか?
うぅむ……。
彼女なんて今まで居たことがないから、まるで分からん。
というか、あんなにも可愛いやつが俺の彼女……なんだよな。
今でも夢なのではないかと思ってしまいそうになる。
そんなことを考えながらスマフォの画面とにらめっこをしていると、ピーンポ~ンと玄関からチャイムが鳴り響く。
うるせぇな。
小町ならチャイムなんて鳴らすわけないし、宅配か何かか?
面倒に思いながらも立ち上がり、玄関へと向かう。
八幡「どちら様ですかー?」
??「どちら様だと思いますかー?」
うわぁ~。なんで来てんだよ。
追い返すわけにもいかないし、しぶしぶドアを開ける。
八幡「……はぁ。声でバレバレだっての」
結衣「何でそんなに嫌そうな顔するしっ!!」
八幡「あー……、彼女を家へ上げるなんていう経験初めてなわけだから、いきなり来られるのはちょっとなぁ……」
結衣「彼女、か。そっか、そうだよね。あたしがヒッキーの彼女かぁ~……えへへへへ」
来訪者は、言うまでもなく由比ヶ浜結衣である。
結衣「でも、いきなりじゃないよ?」
八幡「あ?」
結衣「今なら家にヒッキー意外誰も居ないこととか、小町ちゃんに教えてもらったから来たんだけど」
それがどうした!
俺にとってはいきなりなんだよ!!
八幡「また小町の策略かよ……」
結衣「まあまあ。誕生日なんだし大目に見てよ。それとも、見られたら困る物でもあるの?」
八幡「べ、別にそういうわけじゃないぞ? あっ、だけど俺の部屋には入るなよ! 絶対だぞ!」
結衣「やっぱり見られたら困る物あるんだ……。ま、別にそんくらい気にしないけど」
おぉぉ。
それはありがたい話だ。
けどやっぱり諸々見られては困るから、まだ絶対に俺の部屋へは招かない……。
結衣「この前さ、映画見るなら家でのんびりDVDで見ようって話したでしょ?」
八幡「お、何か持ってきたのか」
結衣「うん。最近ちょっと暑くなってきたし、怖ぁ~いやつ!」
おい。
以前お化け屋敷に入った時、相当ビビッてましたよね?
それなのにわざわざホラーを持って来るとか、あざとい計算がなされていることが見え見えである。
いやまぁ、そういう展開も嫌じゃないんだけどさ……。
結衣「お邪魔しま~す!!」
元気いっぱいに家へ上がり込んできた由比ヶ浜をリビングへと通し、飲み物を出す。
ふと、先程ソファーに置きっぱなしにしていたケータイにメールが届いているのが目に入る。
えーと、なになに?
FROM 比企谷小町
SUB 無題
そろそろ結衣さん家に来た?
結衣さんの誕生日&お兄ちゃん達の新たな門出を祝って、
ショートケーキでも買ってから帰るね☆
1時間半くらいかかると思うから、
やることやるならその間に済ませておくように。
今の小町的にポイント高い!
あ、そうそう。
ケーキ代は結衣さんが帰った後に請求するから、
そこんとこよろしく。
そんじゃ、ガンバっ! ( ・ω・)b
えぇ~……。
なにこのメール……。
ってか『やることやるなら』って何だよ!
いくら付き合い始めたからといって、いきなりは何もしないからねっ!?
あ、やること=映画鑑賞か。
このDVDは90分みたいだし、1時間半ならピッタシだな。
うん。
そういうことにしておこう。
結衣「ヒッキーどうかしたの?」
八幡「い、いやっ、何でもないぞ?」
結衣「……変なの」
そんなこんなで、映画鑑賞は始まった。
50分程経過した頃だろうか。
物語もヤマへと差し掛かり、怖さも一段と増してくる。
それと共に、俺の体にくっつく柔らかさも増してくる。
八幡「おい、流石にくっつきすぎなんじゃないか?」
結衣「だって、仕方ないじゃん」
八幡「たしかに想像以上に怖いけどよ……」
結衣「そうじゃなくって……、あたし、ヒッキーとこんな関係になれることを、ずっと待ってたんだからね?」
そうか。
近頃暑くなってきたにも関わらず、必要以上にベタベタしてくるのは、そういうことか。
なら、仕方ないよな。
俺は黙って、由比ヶ浜の手を握り締める。
何やら嬉しそうな笑い声が聞こえるが、どんな顔をしているかは分からない。
今由比ヶ浜を直視してしまったら、映画どころじゃなくなってしまいそうだ。
こんな感じで、俺と由比ヶ浜の交際は、ようやくスタートを切ることができた。
4月中旬、雪ノ下に背中を押してもらい、
6月頭、平塚先生に喝を入れてもらい、
こうして、どうにか彼氏彼女という関係にまでなることができた。
周りの手を借りるのはここまでにしよう。
これからは、由比ヶ浜と手を取り合って、2人でちゃんと進んでいかないとな。
そんなことをぼんやりと考えながら、6月18日という日は過ぎていくのであった。
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 ~誕生日篇~
了
【小ネタ①:手】
八幡「…………」ペラッ ペラッ
結衣(あ、ヒッキー片手で本読んでる)
結衣「よく片手で読めるね」
八幡「んー、普段はこんなことあんましないけどな。読みにくくなるだけだし」
八幡「たまになんとなく、気分でこうしたくなるだけだ」
結衣「そうなんだ。でもあたし大きいモノ片手で持ったりできないから羨ましいな~」
結衣「ってかヒッキーの手大きくない?」
八幡「そうか? かなり普通サイズだと思うんだけど」
結衣「そっかなー?」
八幡「お前の手が小さすぎるだけなんじゃね?」
結衣「むぅ……、なんかムカツク……」
結衣「でもそれ他の人にも言われたことあるかも」
八幡「ほらな。やっぱり由比ヶ浜の手が他の人の手より小さいだけだろ」
結衣「そんなに小さいのかなぁ……」
結衣「……はいっ!」つ
八幡「……ん? なにそれ、御手? 犬の真似?」
結衣「オテじゃないしッッッ!!!」
結衣「手の大きさ比べしようってこと! ふつーに考えてそんくらい分かるでしょ?」
八幡「悪かったな。あいにく俺は普通じゃないもんでしてね」
結衣「まったくもう……」
八幡「わーったよ。大きさ比べすればいいんだろ? ほれ」ピトッ
結衣「ほんとに結構大きさ違うね~」
八幡(由比ヶ浜の手、ほんとちっせーな)
八幡(ってか何これ、超スベスベなんだけど。ちっちゃかわいい……)サワサワ
結衣「わっ!?」
八幡「っ!! わ、悪い。その、なんというか、つい…………」
結衣「あ、ええと、急にだったから驚いただけで嫌なわけじゃないっていうか、ヒッキーにだったら手くらいいつ触られても構わないっていうか……」
八幡「そ、そうか……」///
八幡(わーーー、やっちまったやっちまった! メチャクチャ恥かしいんですけど!!)
結衣「えいっ!」ギュッ!
八幡「えぇと、なんでしょうか……?」
結衣「ヒッキーの方から手ぇニギニギしてきたんだから、恋人繋ぎくらいしてみたって文句はないでしょ?」
八幡「たしかに文句は言えないけど……」
結衣「ふふっ、ならいーじゃん!」ニヘラー
八幡(……ま、かなり得した気分だし別にいいか)
※過去篇其ノ一:本日はお日柄もよく、つまるところ練習日和である(>>13)の、数日後の話です。
【過去篇1.1話:つつがなく、入学式は取り行われる。】
小町「お兄ちゃ~ん! 小町の晴れ着姿はどう?」
八幡「ただの制服だろ。ってかこの前も見た」
小町「何そのつまんない反応! 小町的にポイント低いよ」
八幡「もうおまえも高校生なんだから、その変な口癖止めろよ」
八幡(たまに俺までその口癖に感染しちまうじゃねぇか)
八幡(まぁ、好きな相手のことは自然と真似たくなるっていうしな。あ、今の八幡的にポイント高い)
小町「むぅ~……。そだ、そういえばさ」
八幡「ん、どうした?」
小町「もしかしてお兄ちゃん、高校の入学式体験するのって今回が初めて?」
八幡(俺は事故のせいで、自分の入学式に参加できていないのであった)
八幡(そうか、あの始まりの事故から、今日で2年も経つのか……。なんだか感慨深いな)
八幡「あぁ、そういえばそうだな。言われるまで全然考えてもみなかった」
小町「よしっ、じゃあ気合いれて行かなきゃね! はりきってレッツゴー!!」ビシッ!
八幡「え……もしかしてこれから毎日、おまえを自転車に乗せてかなきゃいけないの?」
小町「え? そんなの当たり前じゃん」ウェヒヒヒ
八幡「当たり前なのかよ、はぁ……」
~入学式~
一色「えー、新入生の皆さん、御入学おめでとうございます」
一色「長い冬も過ぎ去り、暖かな春の日差しが心地よく感じられる季節となりました。まるで皆様の入学を待ちわびていたかのように、校庭の花々も綺麗に咲いています」
一色「これから、皆様の新たな───」ペラペラ
八幡(不安だった生徒会長の挨拶も、とりあえず何とかなったみたいだ。その後も特に問題は起こらず、入学式は至って普通に終了した)ホッ…
小町「あっ、おにーちゃーん! お~い!!」ブンブン
八幡「ったく、あんまり大声出すなよ。初日から変な目で見られても知らないぞ」
大志「お兄さん、お久しぶりっす!」
八幡「げっ、おまえもうちに入学したのかよ。お兄さんって呼ぶなと何度言ったら分かるんだ。……あとおまえ誰?」
大志「大志っす! 川崎大志っす!! 絶対分かってて聞いてますよね!?」
八幡「んだようっせぇな……」
沙希「おい」
八幡「あん?」
八幡(なんだ、川なんとかさんも来てたのか)
沙希「あんまうちの弟いじめるんじゃないよ」キッ!
八幡「別にいじめてねぇよ。妹に付く悪い虫を追っ払ってるだけだ」
沙希「このシスコン」
八幡「黙れブラコン」
小町(この二人、兄弟愛強いところとか、目付き悪いところとか、普段一人で居るところとか、どことなく似てるな~……)
小町(ハッ! まさか、思っていた以上に有力なお姉さん候補っ!?)
小町「これはこれは、楽しい高校生活になりそうですなぁ」ニヤニヤ
八幡(小町のこの笑顔を見ていると、嫌な予感しかしない……)
※過去篇其ノ二:いつの間にやら、部員は増えている(>>27)の、数日後の話です。
【過去篇2.1話:喧嘩するほど仲が良い……もとい、ただの犬猿の仲である。】
八幡(とある放課後のことだ)
八幡(小町用のティーカップを買いに行くのに付き合わされた後、小町と由比ヶ浜に無理矢理連行される形で、俺と雪ノ下はボウリング場へ連れて来られていた)
八幡(それはまだいい。いいのだが……)
戸部「っべー! 隼人くんまたスペアとかほんとぱないわー」
葉山「いやいや、ボウリングは俺より優美子の方がよっぽど上手いよ。さっきからストライク出しまくりだし」
戸部「いやぁ~。なんつーか、アレじゃね? 向こうのレーンはレベルが違いすぎっつーか……」
~向こうのレーン~
雪乃「ふふ……、これで私の勝ちね……」ハァ…ハァ…
三浦「あ? 一回くらいただのマグレっしょ? 3ゲーム制にすれば絶対あーしが勝つし」イラッ
雪乃「望むところよ……。何度やったって結果は同じ……格の違いを見せてあげるわ……」ハァ…ハァ…
八幡(……どうしてこうなった)
八幡「おい雪ノ下、止めとけって。長期戦になったらおまえに勝ち目ないだろ」
雪乃「部外者は口を挟まないでっ」キッ
三浦「ヒキオは引っ込んでろ!!」ギロリ
バチバチバチバチ
八幡(こえぇ~、こいつら超こえぇ~……)
結衣「ヒッキーごめんね?」
結衣「今日サッカー部が休みなこと知らなくって、まさか優美子達が居ると思ってなかったから」アハハ…
八幡「別に、おまえが謝ることじゃないだろ」
結衣「うん……」ショボン…
八幡「……変に空気読んで縮こまってなんかいないで、おまえもとっととボール取ってこいよ」
八幡「この際向こうはもう放っといて、こっちはこっちで普通に楽しもうぜ」
結衣「えっ/// う、うん! それじゃあこっちは仲良く勝負しようね!」
八幡「いや……、勝負はしなくても……」
結衣「負けった方が勝った方にアイス奢ることっ! んじゃ、すぐボール取ってくるから!!」トテテ
八幡「はぁ……」
小町「むふふ~。今の態度は小町的にも結衣さん的にもポイント高いよ!」ニヤニヤ
八幡「うっせ!」
【小ネタ②:膝枕】
八幡「すー……すー……」zzz
結衣「…………」ナデナデ
結衣(寝てると腐った眼も隠れて普通にイケメンだなー。ってかヒッキーの寝息可愛い……)
八幡「…………」zzz
八幡「……んぅ」パチクリ
八幡(あれ……?)
八幡「…………」
結衣「あ、ヒッキー起きた? おはよー」
八幡(あ…ありのまま今起こったことを話すぜ! 目が覚めたら、そこは由比ヶ浜の膝の上だった……)
八幡(何を言っているのかも何が起こっているのかも俺が一番わけ分かんないんですけどっ!? え、マジでなにこれ)
八幡「由比ヶ浜さん? この状況を説明してもらえると助かるんだが」
結衣「ほら、お昼ご飯食べた後ヒッキー寝ちゃってたから」
八幡「それは覚えてる。俺が聞いてるのはそういうことじゃなくてだな、えぇと……」モゾモゾ
結衣「わっ!? ちょっと急に動ないでよ!!」
八幡「わ、わるい」アセアセ
八幡「……って、俺何も悪くなくね?」
八幡(このままだと太腿のスベスベ柔らかな感触に屈してしまいそうで色々とまずい)
八幡(しかも由比ヶ浜の顔を見ようと上を向くと、大きな二つの膨らみがどうやっても視界にばっちり映ってしまい俺の理性がヤバイ)
八幡「……とりあえず起きていいか?」
結衣「えぇ~。せっかくだしもう少しこうしてようよー」
八幡「駄目だ」
結衣「なんで?」
八幡「駄目なもんは駄目だ!」
結衣「あ、もしかしてヒッキー照れてる?」
八幡「……かなり」
八幡(照れてるとかそんなもんじゃ済まなくなりそうで困るから早く逃げさせてくださいお願いしますいやもうほんとマジで!!)
結衣「まったくもー、しょうがないなぁ」
八幡「ふぅ……、助かった……」
結衣「んで、よく眠れた?」
八幡「よく眠れたかどうか忘れるくらい、精神的に一気に疲れた」
結衣「なにそれっ。人がせっかく膝枕してあげたのに意味わかんない!」
八幡「してくれなんて誰も頼んでねぇよ!」
結衣「むぅ~~~、ヒッキーのばかぁ」
八幡「あー、その、なんだ……。不快だったとかそういうわけじゃなくて、むしろなんというか……」
八幡「あぁもう! スゲー幸せだったけど妙な気分になりそうだったから嫌だったんだよ!!」///
結衣「ふ~ん、そっかそっか」
結衣「ふふ、許したげる」エヘヘー
八幡(あぁ……、最近恥ずかしい思いをさせられてばかりな気がする……)
※過去篇其ノ三:由比ヶ浜結衣は皆に愛されている(>>48)の、数日前くらいの話です。
【過去篇2.5話:どこからどう見ても、デート以外の何事でもない件について。】
八幡「小町! 今年も遂にこの日がやってきたぞ! いざ出撃だ!!」
小町「おぉー!!」
八幡(最寄りのバス停からバスで15分、『東京わんにゃんショー』の会場である幕張メッセに到着だ)
八幡(東京わんにゃんショーが行われるのも、東京ディスティニーランドがあるのも千葉であることから分かるように、『千葉≒東京』という計算式が出来上がる)
八幡(……つまり、真の首都はもはや千葉であるといえる。やはり千葉最高)
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
八幡「なん…だと!?」
八幡(幕張メッセに辿り着くと、そこにはなんと懐かしのツインテゆきのんが待ち構えていた)
八幡「え……、なんでおまえが居んの?」
雪乃「いつにも増して腐った目と、そのぬぼーっとした顔でこちらを見るのを止めてもらえないかしら」
八幡「いや、だからなんでおまえ居んの……」
雪乃「私は小町さんに呼ばれたから来ただけなのだけれど、どうやら小町さんは居ないようね」
雪乃「妹をダシに使って私を呼び出すなんて、随分と卑怯で下卑たやり方ね、下衆谷君」
八幡「ちょっとまて小町ならすぐ横に……って、あれ?」
八幡(あ、あんにゃろー……、謀ったなぁぁぁああああ!!!)
八幡「んで、どうして俺の後に付いてくんだよ。小町が消えたんだから、一緒に見て回る必要はないだろ」
雪乃「さっきまで小町さんは居たのでしょう?」
雪乃「なら、こうして色々見て回っていればどこかで遭遇できるかもしれないし、私の様な美少女と共に行動出来るのだからあなた側に不利益はないはずよ」
雪乃「文句を言われる筋合いはないわ」
八幡「自分で美少女とか言っちゃうなよ……」
八幡「いや別に文句があるわけじゃないが、俺も雪ノ下も自分のペースで見て回りたい派だろ?」
八幡(あと、なんか女子と二人でお出かけとか恥ずかしいし。ただし小町相手の場合は除く)
八幡(あ、やっぱり文句あったわ。久々の小町とのデートを邪魔してんじゃねぇよ)ギリリ…
雪乃「それはそうなのだけれど、その……、私は犬が苦手というわけではないにしろ得意ではないのだし、たとえ比企谷くんのような人であれ、居ないよりは居てくれた方がまだマシというか……」
雪乃「それと、先程とても不愉快な視線を感じたのだけれど」
八幡「き、気のせいだろ……」
八幡(そういえばこいつは犬が超苦手なうえに、滅茶苦茶方向音痴だったな)
八幡「でも良いのか? 俺なんかと二人きりで行動することになって」
雪乃「初めてのことというわけでもないのに、何を今更……」
雪乃「男女が二人で行動したからといって、必ずしもデートというわけではないでしょう?」
八幡「まぁ、それはそうだが」
八幡(そうだ。これは断じてデートなどではない。方向音痴で犬が駄目なやつの面倒を見てあげる、ただそれだけのことだ。他意は何もない)
雪乃「それに、あなたと二人きりというのも、その……、嫌いではないわ」
八幡「そ、そうか……」
八幡「んじゃ、一緒に色々見て回るか。……猫を重点的に」
雪乃「そうね、そうしましょう。比企谷君にしては珍しくとても賢明且つ聡明な判断だと思うわ」ウキウキ
八幡「おまえどんだけ猫好きなんだよ……。楽しみにしすぎだろ……」
~鳥ゾーン~
八幡「おぉ~! やっぱ鷲や鷹はかっこいいなー!!」
雪乃「昨年もそうだったけれど、普段はまるでゾンビの様なのに動物を見ている時は妙に元気ね」
八幡「仕方ないだろ。こういうのは見てるだけでテンション上がってくる!」
雪乃「ふふ、分からなくもないわ」
八幡「だろ?」
雪乃「でも私は勇壮で美しい鳥だけではなく、ペンギンの様な可愛らしいものも好きよ」
八幡「あいつら可愛いか? ペンギンの語源って──」
雪乃「ラテン語で肥満の意だと言いたいのでしょう? それくらい知っているわ」
八幡「ぐぬぬ……、流石ユキペディアさん……」
雪乃「残念だったわね、あなたのその矮小な自尊心を満たすことができなくて」クスクス
八幡「……そこまで言う必要なくね?」
~犬ゾーン~
ワンワン! キャンキャン! クーン ワンワン!
雪乃「うぅ…………」ガクブル
八幡「おい、あんま背中に引っ付くな」
雪乃「別に引っ付いてなどいないわ。私はただ自分の安全を確保するために当然の行動を取っているだけであって……」
八幡「小型犬相手にビビる行為のどこが当然なんだよ」
雪乃「比企谷くんの癖に生意気よっ」
八幡(ほんとあんまりくっつかないで下さい鬱陶しい暑苦しい恥ずかしい良い匂い……)
~猫ゾーン~
雪乃「ようやくたどり着いたわね」
雪乃「まったく、犬ゾーンを通過しなければ猫ゾーンへ来られないなんて、とても不親切な配置だと思うのだけれど」
八幡「いや、人気動物である猫や犬を中央付近に持ってくるのは普通だと思うぞ?」
雪乃「そんなことはどうでもいいわ。早く猫と触れ合いましょう」
八幡「自分で文句言っといてどうでもいいのかよ……」
八幡(そう言うと雪ノ下は早速猫と戯れ始めた)
八幡(最初はどうなることかと思ったが、こんな無邪気な笑顔の雪ノ下を眺めているのも、まぁ───)
───悪くはない。そんな気がした。
※過去篇其ノ三:由比ヶ浜結衣は皆に愛されている(>>48)の、数日後の話です。
【過去篇3.1話:果たして、結婚とは如何様なものか。】
平塚「はぁぁぁ~~~……、結婚したい…………」グスン
八幡「なんか、今回はいつにも増して深刻そうですね」
平塚「あぁ。今まで私が結婚したいと言ってきたのは、ほら、親戚の目や親の小言が要因だろ?」
八幡「はぁ、そうみたいっすね」
平塚「けどな、この前友人の結婚式に呼ばれて……」
八幡「ジューンブライドってやつですか?」
平塚「そうだな。それを見ていたら結婚そのものに憧れというか……、ああいう幸せな花嫁に私も早くなりたいと、深く思ってしまったのだよ……」
八幡「幸せな花嫁ですか。幸せそうに見えるだけで、本当に幸せかどうかなんて傍から見ても分からないでしょ」
平塚「幸せな花嫁ではなく、幸せそうな花嫁か。たしかにそうかもしれんな。しかし最初はそれでも良いんじゃないか?」
八幡「?」
平塚「真の幸せとは、夫の有無に関わらず、己の力で掴み取るべきものさ」ドヤァ!
八幡(うわぁ~この人今自分でかっこいいこと言った気になってるよ……。まぁ実際かっこいいけど)
平塚「比企谷はそういうのに興味はないのかね?」
八幡「あぁ、俺も相互助力関係としての結婚には興味ありますよ。なんてったって専業主夫目指してますし」
平塚「まずは恋愛をしなければ何も始まらんだろうに……」ヤレヤレ
八幡「んなこと先生にだけは言われたくな───」
平塚「何か言ったかね?」ギロリ
八幡「ひぃぃぃいいい!? いえ何でもございませんっ!」
平塚「なら良い」
八幡「ぐっ……。んで、なんでしたっけ? 恋愛っすか?」
八幡「俺はこう見えて、中学時代は恋愛経験豊富でしたよ。……全部片想いのまま終わりましたけど」
平塚「そ、そうか」
平塚「だがまぁ焦ることはないさ。今の君の周りには魅力的な女性が沢山居ることだしな」
八幡「俺の周りに魅力的な女性? 何ですかそれ、もしかして自分のこと言ってます?」
平塚「ッ!? ひ、比企谷には私が魅力的な女性に見えるのかね!??」
八幡(え……、冗談で言っただけなのに何この食いつき様……)
八幡「えぇっと……、平塚先生は物凄く生徒想いな人ですし、惚れ惚れする程かっこいいですし、魅力的な人間だと思いますよ?」
八幡(まるでダンディなおっさん的なかっこよさだが、女性云々は置いといて魅力的な人であることは事実だし嘘は一切言っていない……はずだ)
八幡(もうちょい普段から女性的なところを見せれば、この人絶対モテモテなのにな)
平塚「そ、そうか! 比企谷は私のことをそう思っていたのか! 御世辞だとしても嬉しいぞ!」///
八幡「いやあの別に御世辞のつもりはないというか……」
平塚「ハハハ! 今日の君は随分と口が上手いな! そうだ、ジュースでも奢ってあげよう! 遠慮せずに欲しい物を言いたまえ」
八幡「あ、はい。じゃあMAXコーヒーで……」
八幡(今日の平塚先生、普段以上にチョロすぎる!)
八幡(もうほんと誰か早く貰ってあげて!!)
【小ネタ③:ヤキモチ】
小町「お兄ちゃんさー」
八幡「んー?」
小町「結衣さんとデートとかちゃんとしてるのは小町的にもポイント高いんだけど、えぇと……」
八幡「……なんだ?」
小町「あ、いや、やっぱなんでもない」
八幡「おい。そんな気になるような言い方しておいて、なんでもないってことはないだろ」
小町「なんでもないったらなんでもないの! ほんと気にしなくていいから!!」
八幡「…………なに、もしかしてお前、最近構ってもらえなくて寂しいの?」
小町「うっ」ギクッ!
小町「別に寂しいってわけじゃないんだけどさ、なんていうか、まぁ……、当たらずとも遠からずというか……」モジモジ
八幡「うわなにこのカワイイ生き物今すぐ抱きしめたい!」
小町「……割と本気で気持ち悪いんでこれ以上近づかないで下さい」
八幡「え、あ、すいません」
小町「はぁ……。お兄ちゃん普段は凄く鈍感なのに、なんで変なとこで鋭いかなー?」
八幡「何言ってんだ。俺はいつでも過敏で敏感で過剰で、これっぽっちも鈍感の要素なんてないだろ」
小町「いやいやそっちこそなに言ってんの」
小町「女子の気持ちとか分かってない時ばっかだし超鈍感じゃん! 現に結衣さんもお兄ちゃんの鈍感っぷりのせいで散々苦労してたじゃん!!」
八幡「はぁ? 由比ヶ浜の気持ちくらい高校の時から大体気づいてたから。気づかない振りしてただけだから」
小町「うわぁ~……、ほんと最低だー……」
八幡「我ながらかなり酷いことしてたとは思うが仕方ないだろ。俺にも色々とあったんだよ」
八幡「それになんだかんだで上手くいったんだから、別に問題ないたろ?」
小町「うん? そう……なのかな? いやでもやっぱりごみいちゃんがクズだという事実に変わりはないっていう……」
八幡「おいやめろって。あんまり俺を傷つけるなよナイーブなんだから」
小町(なんか今日のお兄ちゃんいつにも増してキモいなぁ……)
八幡「まっ、今でも由比ヶ浜の気持ちが分からないこととかまだまだ多々あるが、小町が何考えてるかならなんとなく分かるんだよ」
小町「ふ~ん」
八幡「当たり前だろ? 何年も一緒に暮らしてきた小町と出会って数年の由比ヶ浜となら、小町のことのほうが断然よく分かる」
小町「そっかそっか……」
八幡「だから俺が最近由比ヶ浜と遊んでることが多いからって、お前が遠慮する必要はないさ」
小町「んー、じゃあ今度お出かけに付き合ってくれると嬉しいな~」
八幡「おう。そんくらい全然構わないぞ」
小町「ヤッター! じゃあ週末までにちゃんとお出かけの準備しといてね!」
小町「食べたいスイーツとか欲しい新作のお洋服とか色々あるから!!」
八幡「えっ、小町さん? 準備って金用意しとけって意味なの?」
八幡「俺お財布代わりなの???」
小町「ふふっ、彼女が出来ても妹に優しいお兄ちゃんは、小町的にもきっと世間的にもポイント高いよ!」
八幡「お、おう……」
八幡(財布の中身大丈夫かなぁ……?)
八幡(まぁ小町の笑顔のためなら、そんくらい安いもんか)
※過去篇其ノ四:想いは雨の様に降り注ぎ、鳴りやまない(>>57)の、数日後くらいの話です。
【過去篇4.1話:比企谷八幡の夏休みは、始まる前から既に詰んでいる。】
結衣「あーもー疲れたぁ~……」グダー
雪乃「あなた、受験に向けて頑張るのではなかったの?」
結衣「そうだけどさー、最近毎日毎日勉強じゃん?」
八幡「そりゃ受験生だしな。いつまでも、のんびり読書したりケータイいじってるわけにはいかないだろ」
結衣「ぶぅ~」
雪乃「けれど、たしかに最近頑張っていたものね。今日はもう終わりにしましょうか」
結衣「ワーイ! 勉強終わりー!」
八幡「あのな由比ヶ浜、勉強ってのはやめることはあっても終わることはないんだぞ。人生一生勉強だ」
結衣「なんか同じようなこと前にも聞いたし……」
八幡「以前言ったのは、『仕事ってのはやめることはあっても終わることはねぇんだよ』だ」
小町「嫌なこと言うの好きだねぇ」
八幡「だが、最近よくよく考えてみるとそうでもないような気がしてきた」
小町「?」
八幡「ほら、うちの親父とか定年した後絶対何もしねぇぞ」
八幡「その頃には小町も大人になって働いてるだろうし、かーちゃんの方は定年後も家事とか色々仕事がありそうだけどな」
雪乃「そう考えると、主婦の方だけ一生仕事なのかもしれないわね」
八幡「だろ? 人生不公平だよな」
小町「でもさ、お兄ちゃん専業主夫志望でしょ?」
八幡「おう。だから自ら茨の道を突き進む俺は、まさに人間の鏡といえる」
雪乃「そうね。あなたを鏡にして己を省みれば、さぞかし立派な人間ができるのではないかしら」
八幡「あ? なにそれ? 俺のこと反面教師って言ってるようにしか聞こえないんだけど」
雪乃「あら、自覚があったの?」
八幡「ぐぬぬ……」
小町(仲良いなぁ~)ニヤニヤ
結衣「でもさー、こう毎日毎日部室で勉強ばっかしてたら、小町ちゃん退屈しちゃわない?」
小町「ん~、そうですねー……。そういえば結衣さん、なんで急に勉強頑張りだしたんですか?」
結衣「えっ? えぇと~、それは……」
雪乃「あなた、たしか志望校のレベルを上げると言っていたわよね」
小町「はっ!! もしやこの前、小町にお兄ちゃんの志望校を聞いてきたのと何か関係がっ!?」
結衣「わぁぁぁあああっ!!! ダメだよ小町ちゃん! しぃ~っ!」アタフタ
小町「むふふ。そういうことなら部室でじゃんじゃん勉強しちゃって下さい!」
小町「小町は適当に宿題とか読書とかしてるんで御心配なさらずにっ☆」
結衣「やめてよもぉ~///」
八幡(お、俺は何も聞いてない何も聞こえてない!)
八幡(この前意味深なこと言われて以降、今まで以上に由比ヶ浜のこと意識しちゃったりとかそんなこと全然ないんだからねっ!)
雪乃「由比ヶ浜さん、そろそろ夏休みだけれど何か予定はあるの?」
結衣「ん? えーっと、たしか今年は家族旅行の予定ないし~……」
結衣「優美子や姫菜とは遊び行くかもだけど。うん、多分基本的に暇だよ! 何して遊ぶ?」
雪乃「そうね……、毎日というわけにはいかないでしょうけど、2・3日に一度くらいの頻度で私の部屋に来られないかしら?」
結衣「えっ!? そんな頻繁に行って良いの?」
雪乃「ええ、もちろん」
結衣「何しよっかなぁ~。ゲームにー、お菓子パーティーにー、あとお泊まり会もしたいし~、あとは───」ルンルン♪
雪乃「それもいいけれど、勉強道具を絶対に忘れないようにね」ニッコリ
結衣「っ!?」ガクゼン…
雪乃「……比企谷君、あなたは聞くまでもなくいつでも暇よね?」
八幡「えっ」
雪乃「流石に私一人で受験範囲を教え尽くすのは骨が折れるから、あなたも必ず来ること。いい? これは確認ではなく確定事項よ」
八幡「いやちょっと待て!」
八幡「俺にも夏季講習とかゲームとか宿題とか昼寝とか夏季講習とか読書とかアニメ鑑賞とか……、あとほら夏季講習とか色々あるから無理だって!」
雪乃「はぁ……。実質、夏季講習しか予定ないじゃない。小町さん、比企谷君の夏季講習の日程は分かるかしら」
小町「はいはい! 小町におっまかせ~♪ 家に帰って確認したら、速攻でメール送りますねっ!」
雪乃「助かるわ。それに合わせて予定を組んだら由比ヶ浜さんにも連絡を入れるから、三浦さん達と遊ぶのは極力、勉強会以外の日にしてほしいのだけれど」
結衣「うぅ……。高校生活最後の夏休みなのに、予定が勉強で埋め尽くされていく……」ガックシ
八幡(俺の優雅な休日ライフが……、早くもオワタorz)
【過去篇4.2話:モノクロの世界から、輝いたこの世界。】
八幡(夏休み開始から2週間程が過ぎ、雪ノ下が住むマンションで勉強会をするのがもはや日課となってきてしまった……)
八幡(しかし、今日はいつもと違うことが2つある)
八幡(まず1つ目に、普段はリビングで勉強をしているのに、現在俺達が居るのはどういうわけか雪ノ下の寝室だ)
八幡(机は3人で使うにはなんとも狭いものしかないし、部屋中から良い匂いがするため勉強に全然集中できなくて困る)
八幡(そして2つ目。普段は昼過ぎから集まっているのに、今日は午前中から来るようにとの部長命令をなぜか厳守させられていた)
雪乃「さて、そろそろ昼食にしましょうか」
八幡「そういや、どうして今日は朝から呼んだんだ?」
雪乃「……察しくらいはついているものだと思っていたのだけれど、本当に何も分かっていないの?」
八幡「は? 何のことやらさっぱりだ」
雪乃「そう。それならそれで構わないわ。由比ヶ浜さん、行きましょう」
結衣「うんっ!」グッ!
八幡「行くってどこにだよ。ってかおまえ、なんで気合入れてんの?」
結衣「なんでって言われても……、秘密っ!」
八幡「……あっそ」
雪乃「とにかく、比企谷君はここで大人しく勉強を続けていてちょうだい」
雪乃「社会的に殺されたくなければ、私と由比ヶ浜さんの目がないからといって物色の様な真似をしないことね」
八幡「んなことしねぇよ……」
結衣「あ! あと、絶対部屋から出ちゃダメだからね!」ビシッ!
八幡「はいはい」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
八幡「あぁ~……。腹減った……」グダー…
八幡(あいつら一体何してんだよ。雪ノ下が「そろそろ昼食にしましょうか」って言ってから、既に1時間以上経ってるぞ。何だかとても嫌な予感がする……)
ガチャッ!
結衣「ヒッキーお待たせ~! リビングに来ていいよ」
八幡「おう。まさかとは思うが、おまえが料理してたんじゃないだろうな……」
結衣「え、えぇ~と、それは……」アセアセ
八幡「マジでそうなのかよ……。俺、今日無事に帰れるかな……」
結衣「失礼すぎだしっ!」
八幡(リビングに行くと、随分と豪勢な料理が並んでいた。七面鳥とかケーキとかそんなのだ)
八幡「…………」
雪乃「あら、だんまり?」
八幡「あ、いや……。ケーキはともかく、七面鳥ってクリスマスか何かかよ……」
雪乃「けれど、これで何のために朝から呼んだのか分かったのではないかしら?」
八幡「でもそれなら、由比ヶ浜だけ朝から呼んでおいて、俺は普段通り昼過ぎから来れば良かったんじゃないのか?」
八幡「昼飯を食べずに来いって言われりゃそうしたし」
雪乃「仕方なかったのよ。由比ヶ浜さんと一緒に料理を作るとなると、どれだけ時間がかかるか分からないもの」
雪乃「だから料理中にあなたが来てしまわないように、どこかに監禁しておくのが安全だと判断したまでよ」
八幡「さっきまでのあれは監禁だったのかよ……」
結衣「そんなことよりヒッキー、」
雪乃「比企谷君、」
「「お誕生日おめでとう!」」
八幡(今日が俺の誕生日ということは分かっていたけれど、まさか祝ってもらえるなんて微塵も思っていなかった)
八幡(誕生日って、基本的に嫌な思い出しかなかったからな)
八幡(例えば、俺だけが呼ばれなかった誕生日会、俺のためかと感動してたら俺と同じ日に生まれたクラスメイトのために歌われていたバースデーソング等々……)
八幡(こんなにちゃんと祝ってもらえたのなんて、多分初めてだ……)
雪乃「……何か感想くらい言うのが常識だと思うのだけれど」
八幡「わ、悪い。驚いて言葉が出なかったというか、正直、物凄く感動した……」
結衣「よかった~」フゥ~…
雪乃「味付けは大体私が行ったから、食べられない物はないと思うわ。……多分」チラッ
結衣「こっち見て酷い事言われたっ!?」ガビーン!
八幡(とても嬉しいことに変わりはないのだが、近くで見てみるとこのケーキ、何というか色々と酷い)
八幡(特にクリーム塗るの下手すぎだろ。どっちがやったのか丸分かりだな。だが、まるで悪い気はしない)
八幡(……ごめんやっぱ嘘食べるのちょっと不安かも。いやまぁ絶対食べるけど)
雪乃「このケーキ、見た目は不格好なものの味は保証するわ」
雪乃「スポンジの材料を混ぜたのは由比ヶ浜さんなのだけれど、私が事前に分量を量ったものを用意しておいたし、焼いたのも私だから」
結衣「なんか、ぐちゃぐちゃになっちゃってごめんね?」シュン…
八幡「別に、美味けりゃ問題ないだろ。早速少し食べてみて良いか?」
結衣「ケーキって普通最後に食べるものじゃないの?」
八幡「……早く食べてみたくなったんだよ」
結衣「……そっか。なら、どうぞ。召し上がれ……」
モグモグ
八幡「…………」
結衣「ど、どうかな……?」モジモジ
八幡「ん、凄く美味いぞ」
結衣「ほんとっ!?」パァァァ!
八幡「あぁ。でも、このちょっとジャリジャリするのは何だ? 隠し味的な不思議調味料でも入れたの?」
結衣「あっ……」
雪乃「あなた……、あれだけ余計なものを入れようとしないように念を押したのに、まさか勝手に何か入れたの?」
結衣「違う違うそうじゃないし!」ブンブン!
雪乃「…………」ジトー…
結衣「えっと、あの、多分それ…卵の殻だと思う。ちゃんと取ったつもりだったんだけどなぁ~、あはは…………。ほんとごめん……」
八幡「そんな落ち込むなよ。ほんの少しジャリっとしただけだし、これくらいなら問題なく食べられる」
結衣「ヒッキー……」ウルウル
八幡「でも、そうか……。由比ヶ浜は卵を割ることすらまともにできないのか……」
結衣「だ、だって! コンコンってやってもヒビ入んなくって、卵って意外と固いんだなぁ~と思ってゴンゴンッ!ってやったら、こう、ブシャーって……」
雪乃「卵は料理の基本でしょうに、呆れたわ……。これからは受験勉強だけでなく、料理も猛特訓する必要がありそうね」
結衣「そんな~! ゆきのーん!」ウワーン!
八幡(何はともあれ、今までの人生の中で、今日は最も輝いた8月8日になったのであった)
【小ネタ④:身長差】
八幡「…………」ジィー…
結衣「ん? どうかした?」
八幡「いや、なんつーか、もしかしておまえ少し縮んだ?」
結衣「ハァ!? 1ミリたりとも縮んでないしっ!!」プンスカ!
八幡「これくらいのことでマジになって怒んなよ」
結衣「ちっちゃいの気にしてるのにそーゆーこというヒッキーのせいでしょ!」
八幡「手の大きさの件に引き続き、身長も気にしてたのか……。つうか平均より多少低いだけで、そんなチビじゃないだろ」
結衣「ヒッキーが縮んだとか言うのが悪いんじゃん! まったくもう!」
結衣「ってかさ、ヒッキーが背ぇ少し伸びたんじゃない?」
八幡「そうか?」
結衣「うん。多分高校の頃よりほんのちょっとだけ伸びたんだと思うよ? あたしは高2くらいの頃から、身長も体重もほとんど変化ないし……」
八幡「あぁ~。そういえば大学入学直後にやった身体測定の時、少し伸びてたような気がしないでもない」
結衣「うわー曖昧だなぁ」
八幡「小さすぎたりでかすぎたりしたら不便かもしれないけど、そうじゃない限り別に気にするようなことじゃないだろ」
結衣「とか言って、ほんとはもうちょい身長ほしいと思ってるくせにぃ~」
八幡「うっ」ギクッ
結衣「平塚先生よりヒッキーのほうが小さいもんね」
八幡「いやあのそれはあれだから! 向こうが無駄にでかいだけで決して俺が小さいわけじゃないから!」アセアセ
八幡「早寝でも心掛ければ、今からでもどうにかなるだろうか……」
結衣「あはは、やっぱりもっと伸びてほしいんじゃん」
八幡「うっせ」
結衣「でもあんまり大きくなっちゃダメだよ?」
八幡「?」
結衣「カップルの理想の身長差って15cmなんだってさ」
八幡「……へぇ」
結衣「あ、ヒッキー少し照れてる?」
八幡「…………ふん」プイッ!
八幡(ま、今のままでもいいか……)
※過去篇其ノ五:人ごみに紛れないように握ってくれた手が、胸の奥までつかんで離さない(>>75)の、1ヶ月後くらいの話です。
【過去篇5.5:残り少ない高校生活イベントは、次々と過ぎ去っていく。】
一色「それでは、体育祭の終了と、奉仕部の御協力に感謝を祝して……」
一色「かんぱ~い!」
結衣&小町「「かんぱ~い!!」」イエーイ!
八幡「乾杯」
雪乃「……乾杯」
八幡(文化祭やら体育祭やら一色に半強制的に手伝わされた数日後、俺と雪ノ下は打ち上げにまで強制参加させられていた)
八幡(まぁ、小町と……ついでに由比ヶ浜も楽しそうだし別にいいけど)
一色「おっ、良い感じでお肉が焼けてきましたねー」
小町「美味しそうですね!」
結衣「よ~し! おもいっきし食べるぞー!!」
八幡「太っても知らねぇぞ」
結衣「ヒッキーデリケートなさすぎっ! 体育祭で沢山走ったりしたから今日は良いの!!」ムキー!
雪乃「……由比ヶ浜さん、それを言うなら『デリカシーなさすぎ』ではないかしら」
結衣「あっ……」
一色「美味しいですね~」
結衣「肉も野菜もうんまー!」
八幡「この野菜はな、野菜そのものが良いのではなくかかってる塩ダレが美味いんだよ。やっぱタレ最高だな」
小町「概ね同意だけど、わざわざそういうこと口に出しちゃうあたりがポイント低いよ」
結衣「同意しちゃうんだ……」
雪乃「私は焼肉屋に来るのは今回が初めてなのだけれど、どうして箸がこう金属製なのかしら?」
小町「メタリックでかっこ良いですよねっ!」
八幡「だよなっ!」
一色(やっぱりこの兄妹変わってるなぁ……)
結衣「エコとかそういうアレじゃない? 割り箸だといちいち捨てなくちゃならないし」
八幡「マジレスすると毒殺を防ぐために使っていた名残って聞いたことあるぞ?」
結衣「毒殺? どゆこと?」
雪乃「たしかに銀製の箸やスプーンを使用していれば、毒が盛られていた際に変色してくれるものね」
結衣「え、毒でお箸の色変わっちゃうの……?」
雪乃「えぇ。もっとも、そういった理由で銀製の者が使用されていたのは韓国の王宮時代の話だったはずよ」
雪乃「だから日本の焼肉店である以上、そんな昔の名残云々よりも環境面を理由とした方がしっくりくるのだけど。そもそもこの箸はステンレスのようだし」
結衣「じゃあやっぱりエコってことだね!」エッヘン!
八幡「いや、正解がどうかは知らないけど、今のは雪ノ下の勝手な見解に過ぎないからな? こんなことで勝ち誇られても困るんだが……」
八幡「そうだ。なぁ小町」
小町「ん?」
八幡「文化祭や体育祭、一緒に一色達の手伝いしててどうだった?」
小町「普通に楽しかったよ? 中学の頃の生徒会とそこまで大きな違いはなかったし、先生達のポイントも稼げるし」
八幡「理由がせこいな……」
小町「もちろん会長さん達が良い人だから楽しかったんですけどねっ☆」
一色「もぉー照れるなぁ~。小町ちゃんこそ色々手伝ってくれて大助かりだったよ! ほんっと怠け者の兄とは大違い!」
小町「いえいえ、それほどでも~」
八幡(こいつらの会話はどこまで本心でどこから御世辞なのだろうか……)
小町「んで、急にそんなこと聞いてきてどうしたの?」
八幡「いや、楽しかったならそれで良いんだ」
小町「? 変なお兄ちゃん。ま、いっか」
【過去篇5.6話:雪乃のパーフェクト(?)料理教室。】
そうだ、パンケーキを作ろう(唐突)
八幡「え、なんで? パンケーキって、ようするにホットケーキのことだよな?」
雪乃「えぇ、日本ではホットケーキという呼び方の方が親しみ深いかもしれないわね。パンケーキというのは主に英語圏での呼び方だそうよ」
雪乃「もっとも、近頃では国内でもパンケーキという呼称を使うケースが増えてきているように思うのだけれど」
八幡「そういうユキペディアさん的な知識を聞いているわけじゃなくてだな、なんで作らなきゃならないんだよ……」
雪乃「この前の焼肉屋、由比ヶ浜さんも一緒に肉を焼いていたにも関わらず、何も悲惨なことが起きなかったでしょう?」
結衣「いきなりバカにされたっ!?」
八幡「まぁ火加減は俺が気にしてたし、あとはただ肉を置いてひっくり返すだけだからな」
八幡「焦げる前に誰かが食べるだろうし、悲惨なことになりようがないだろ」
雪乃「つまり! 焼いてひっくり返すだけの作業であれば、由比ヶ浜さんにもできるということよ!」ドヤァ!
八幡「お、おう……」
八幡「……ん? 一瞬納得しそうになってしまったが、焼肉とホットケーキってまるで違くね?」
雪乃「とにかく、夏休みに受験勉強だけでなく料理も教えると言った以上、やれるだけのことはやるわよ」
結衣「うん! 頑張る!!」エイエイオー!
八幡「はぁ……」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
~雪ノ下亭~
雪乃「まずは簡単なことから始めるべきでしょうし、今回はホットケーキミックスを使用するわ」
結衣「ホットケーキミックス?」
八幡「ホットケーキを作るなら、本来は小麦粉使わなきゃならないんだよ。ホットケーキミックスってのがあると、そういう手間が省けるわけだ」
結衣「へぇ~」
八幡「つっても、牛乳や卵は混ぜなきゃならないわけだが……。おまえ、たしか卵を割ることすらまともにできなかったよな……」
結衣「そ、それくらいもうできるようになったからっ! ……多分!」
八幡「多分なのかよ」
雪乃「本当なら全て由比ヶ浜さんにやらせた方が良いと思うのだけれど、今日は余分な卵もないことだし仕方ないわね。割るのは私がやるわ」パカッ!
結衣「わっ! ヒッキー今の見た!? 卵片手で割ってたよ!!」
八幡「慣れてるやつなら普通なんじゃね? 小町もそれできるし」
八幡(まぁ俺は無理だけど。しかし両手を使用してなら普通に割ることができるので何の問題もない)
結衣「……あたしもそれやってみたい」ワクワク
八幡「食い物で遊ぶのはやめとけ」
結衣「遊びじゃないしっ!」
雪乃「食べ物を粗末にするのはやめておきなさい」
結衣「うぅ~……。ゆきのんまで酷い」
八幡(さて、ここからがホットケーキ作りの本番である)
八幡(といっても、初級編ということで卵の黄身と白身を分けるような本格的な真似はしない)
八幡(単にホットケーキミックスと卵と牛乳を混ぜ合わせるだけなのだが───)
雪乃「由比ヶ浜さん、周りにぴちゃぴちゃ飛ばすのは止めて頂戴」
雪乃「全然混ざっていないわ。ちゃんとボウルを手で押さえて」
雪乃「……そんなにムキになってかき混ぜる必要はないのよ? こう、手首のスナップを利かせて、軽く素早く動かせばいいの」ハァ…
八幡(───なんでこんなに悪戦苦闘してんだよっ!)
八幡(そんなこんなで雪ノ下のHPをガンガン削りつつも、ようやく焼く段階までたどり着く)
八幡(なんか見てるだけで俺まで疲れてきたんだけど。もう帰っていいかなぁ?)
雪乃「……火はもっと弱く」
結衣「うん。あ、あれ? 火が消えちゃった……えいっ! わわっ!? 今度は強くなりすぎたしっ! あ、また消えちゃった……」
雪乃「なぜカセットコンロで弱火を維持することすらできないのかしら……。眩暈がしてきたわ……」
八幡「ちょっとどいてろ。火加減は俺がやるから」
八幡(こうして四苦八苦の末、どうにかこうにか完成である)
結衣「いっただっきまーす!」
八幡&雪乃「「いただきます」」ハァ…
モグモグ モグモグ
結衣「んまー!」
八幡「うむ。中々美味いな」
雪乃「そうね。失敗しなくて本当に良かったわ」
結衣「……あ、あれ? 結局、かき混ぜる意外あたし何もやってなくない?」
八幡「…………」
雪乃「…………」
結衣「ゆきのん……、これ、あたしの料理の練習だったんだよね?」
雪乃「え、えぇ、そうね。」
八幡「……気が付かなければ全員幸せのまま終われたのにな」
八幡(やはり由比ヶ浜結衣の料理はまちがっている……)
※時系列的には、没ネタ④:服屋さん(>>467)の数時間後の話です。
【小ネタ⑤:うつらうつら】
~帰りの電車の中~
結衣「いやぁ~、楽しかったねっ!!」
八幡「そうだなー。……あ」
雪乃「………………」コクリ…コクリ…
八幡「雪ノ下さんのせいで寝不足だって言ってたし、寝かしといてやるか」
結衣「うん、そだね」
雪乃「………………」ユラユラ…
雪乃「………………」コテン
結衣「あっ」
雪乃「………………」スー…スー…
結衣(わぁぁぁ、寄りかかってきてるゆきのんマジ可愛いんだけど……)
結衣(まつ毛長っ。肌すべすべだし髪サラサラだし寝顔最高だし、なんか羨ましいなー。美貌ドレインとかできないかな?)
結衣(むぅ~……、ちょっとくらい触っても起きないよね?)
結衣「…………」ツンツン
雪乃「…………んん」
結衣(ほっぺ超プニプニ! なにこれヤバイ癖になりそう!!)
八幡(雪ノ下のやつ、寝てると棘のない分綺麗さと可愛さが普段以上に際立って半端ないな)
八幡(ってか大学生になって、更に美貌度増したんじゃね?……じゃなくって)
八幡「何イタズラしてんだよ」
結衣「まあまあ、少しくらいいいじゃん」
八幡「寝かしといてやれって」
結衣「うぅ~~~、こんなチャンス滅多にないのに」
結衣「ゆきのんのこんな寝顔なんて、次いつ見れるか分かんないんだよ?」
八幡(フッ、この理性の鬼である俺が、そんな安い誘惑に負けるわけ……)
雪乃「すぅ……すぅ……」zzz
結衣「せっかくなんだしもっと堪能しとかなきゃ!
八幡「うぐっ……」
結衣「ヒッキーはもったいないと思わないの?」
八幡「……たしかに」
結衣「でしょ?」
八幡(彼女の目の前でこんなことを考えてしまうのもどうかと思うが、あの毒舌や凍てつく視線が無い分寝顔の雪ノ下は破壊力が半端ない)
八幡(由比ヶ浜の言う通り、このまま何もしないというのも何かもったいない気がしてきてしまった……)
八幡「…………写メとか撮っちゃう?」
結衣「…………う、うん」
八幡&結衣((これバレたら絶対ヤバイ……))
八幡「よし、いくぞ……」ゴクリ…
結衣「いぇ~い」ヒソヒソ
八幡「お前も一緒に写るのかよ。まぁいいけど」ヒソヒソ
パシャリ!!
結衣「わぁーーー。ヒッキー何やってんの。無音カメラとか使わなきゃダメだってッッッ」ヒソヒソ
八幡「仕方ないだろっ。んなアプリ持ってねえって」ヒソヒソ
結衣「仕方ないで済むわけないじゃんっ。もしバレたらどーすんの?」ヒソヒソ
八幡「どうするも何も、お前は怒られるだけで済みそうだが俺は殺されるかもしれんな……」ヒソヒソ
雪乃「そうね。比企谷くんのことは社会的に抹殺しようかしら」
結衣「っ!!!?」
八幡「ヒィィィッ!?」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
~比企谷家~
小町「お兄ちゃんおかえりー!」
八幡「……おう」
小町「あれ? なんか元気ないね。楽しんできたんじゃないの? 何かあった?」
八幡「いやっ、なんでもないぞ! なんでも!!」
八幡(うむ。何もなかった、そういうことにしておこう……)ガクブル
【過去篇5.7話:とどのつまり、最初から結果は見えている。】
~生徒会役員選挙の数日後~
彩加「この前の生徒会選挙、小町ちゃんが無事当選して良かったね!」
八幡「おう。ありがとな」
義輝「八幡よ、我にはあれがデキレースのようにしか見えなかったのだが……」
八幡「まぁな。そうなるようにこっちで仕組んだ」
彩加「そういえば由比ヶ浜さんの応援演説、随分らしくない感じだったけど、あれも八幡が仕組んだことなの?」
八幡「ん、あの文面を考えたのは雪ノ下だ」
八幡「単純な知名度だったら雪ノ下の方が上かもしれないが、由比ヶ浜の方が人脈広いし好感触も得やすいしな。だから由比ヶ浜に読ませた」
八幡(一色を当選させることは至極簡単だった)
八幡(小町が中学の時使っていた手……つまり、事前に「私が生徒会やるよ!」と周囲に言いふらしておけば、今までも生徒会長だった一色に対抗しようという奴は出てこない)
八幡(それに去年同様、公約を雪ノ下が考え、応援演説は葉山だったしな。もう負ける要素がない)
八幡(しかし、まだ高校内では知名度が高くない小町の場合、事前に周囲を牽制する様な方法はあまり有効ではない)
八幡(いくら小町の人望が高かろうと、1年生間の票を集めるのが精々といったところだろう)
八幡(そこで今回は2つ手を打った。1つは、先程述べた通り人脈の広い由比ヶ浜に応援演説をやらせること)
八幡(文化祭の時なんか目立っていたから、雪ノ下程ではないにしろ知名度も高いし、これで2・3年の票も得やすくなる)
八幡(そして2つ目、これはあまり褒められた方法ではないだろうな……)
彩加「八幡、どうかしたの?」
義輝「お主、さては悪に手を染めたな?」
八幡「不正って程のことはしてないけどな。選管を利用させてもらっただけだ」
義輝「戦艦とな。バーニングラブでも放ったか……」
八幡「バーカ。選挙管理委員会だよ。あれは前の生徒会メンバーがやってるんだ」
彩加「それって一色さん達のことだよね?」
八幡「おう」
義輝「クックック。票数を後悔しない以上、いくらでも改竄し放題というわけか! 流石八幡汚いでござる!!」
八幡「だから不正はしてねぇっつったろ。それに、今回も立候補してる一色は票数を数えるとこまでは関われないから、結果をいじるのは不可能だ」
彩加「じゃあ何をしたの?」
八幡「誰がどの役職に立候補するのかを、一般生徒に公表する前に教えてもらっただけだよ。だから一番倍率の低そうな所に小町は立候補できたんだ」
彩加「なるほど~。やっぱり八幡は頭良いね!」ニコッ!
八幡「そ、そうか?」///
ドタバタ ドタバタ
小町「あっ! お兄ちゃんみっけ!」
一色「せんぱいっ! 何こんなとこで遊んでるんですか! 生徒会室の衣替えするんでとっとと手伝ってくださいー」
八幡「あ? 冷蔵庫とか暖房器具とか去年運び込んだまんまだろ? 何するってんだよ……」
一色「去年度とまったく同じままじゃつまらないじゃないですかー。いいから来てください」
八幡「ちょっ! 俺今戸塚とオマケと話してるとこなんだけど」
義輝「オマケっ!??」
小町「いいからほら、早く早く!」
八幡「はぁ……」ウンザリ…
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
一色「ふぅ~~~。ようやく終わりましたねー。お疲れ様でした!」
小町「お疲れ様でした!」
八幡「衣替えっつうか、ただの大掃除だったじゃねえか。俺は雑用係じゃないんだが……」
小町「まあまあ。今日の晩御飯はお兄ちゃんが好きなものばっかり作ってあげるから! あ、今の小町的にポイント高い」
八幡「はいはい」
一色「それにしても、今年の選挙のことまで考えていてくれたなんて思ってもみませんでしたよー」
一色「改めて、本当にありがとうございました」ペコリ
八幡「……アホか。おまえのためじゃねぇよ。全部小町のためにやったに決まってんだろ」
小町「まったく、相変わらず捻デレさんだなぁ」
八幡「うっせ」
八幡「……小町」
小町「ん?」
八幡「生徒会に入ったからといって奉仕部を辞めたわけじゃないんだし、いつ遊びに来ても良いんだからな」
小町「もちろん!」
八幡「それと、何かあったら少しくらい手伝ってやるから、ほどほどに頑張れよ」
小町「……うんっ! 小町におっまかせ~☆」ラジャッ!
八幡「あぁ。応援してるぜ、新生徒会役員!」
小町「えへっ!」
※過去篇其ノ六:聖夜に流れる滴は……(>>83)の、数日後くらいの話です。
【過去篇6.1:またしても月日は過ぎ去り、ついに新たな年を迎える。】
八幡「……よお」
雪乃「あら、比企谷君。まさか、新年早々あなたの腐った目を見なければならないなんてね」
雪乃「……明けましておめでとう」
八幡「えっ、なにおまえ俺が来ること知らなかったの? 言いだしっぺの由比ヶ浜もまだ来てないみたいだし、遅れたかと思って急いだ俺がバカみたいじゃねぇか」
雪乃「いえ、丁度時間通りよ。ちなみにあなたも来ることは知っていたわ」
八幡「なら余計な事言わないで『あけましておめでとう』の一言でよかったろ」
八幡「こちとら早起きさせられて寝不足なんだよ。正月っつったら寝正月が基本だろ……」
雪乃「私は、年が明けてもあなたの目が相変わらず腐っているという事実を、ただ述べただけなのだけれど」
八幡「……俺は新年になったくらいのことでそう簡単に変わる気はねえよ。おまえの方こそ、年が明けても全然毒気抜けないのな」
雪乃「それはどうも。褒め言葉として受け取っておくわ」
八幡「ふん」
雪乃「……普段以上に瞳が濁っている様に感じるのは気のせいかしら。何かあったの?」
八幡「何もねぇよ」
雪乃「…………」ムスッ
八幡「はぁ……。大丈夫だ。おまえが気にしなきゃならないようなことは、本当に何も起きてねぇよ」
雪乃「そう。なら、そういうことにしといてあげるわ」
八幡「……助かる」
八幡(そう。あれ以来本当に何もなかった)
八幡(川崎とは、クリスマス以降も冬期講習で何度か顔を合わせている。だが、こっちは色々気にしていたというのに、向こうは至って普段通りであった)
八幡(今までと変わらない、俺と川崎の距離。関係とも呼べない程度の関係)
八幡(きっと、そういう風に振る舞ってくれているのであろう。だがそれで良い)
八幡(互いに取りつくろい無理に笑顔を演じるより、言葉を交わさない方が余程マシなはずだ)
八幡(もっとも、それはそれで虚飾なのかもしれないけれど……)
トテトテ トテトテ
結衣「ごっめ~ん! これ着るのに手間取って遅れちゃったー」バタバタ
雪乃「大丈夫よ、そんなに待たされていないわ。あけましておめでとう、由比ヶ浜さん。その……今年もよろしくお願いします」
結衣「うんっ、ゆきのんあけおめー! こちらこそよろしくねー!」
八幡(雪ノ下のやつ、俺が来た時と大分態度が違くありませんかねぇ)
結衣「ヒッキーもあけおめことよろ~!」
八幡「お、おう」
結衣「それにしても、ゆきのんの浴衣すっごいきれー」
八幡「……は?」
結衣「ん、どしたの?」
雪乃「これは浴衣ではなく着物なのだけれど……」
結衣「えっ」
八幡「ちなみに、今おまえが着てるそれも着物な。まさか浴衣と着物の違いが分からないとか言うんじゃ……」
結衣「は、はぁ!? そ、そんなわけないじゃん! ちょっと言い間違っただけだし!! ヒッキーマジキモい!!!」
八幡「ま、二人とも似合ってるんじゃねぇの?」ボソッ…
結衣「えっ」
雪乃「ふふ」
八幡「ほら、合格祈願するんだろ? とっとと済ませて早く帰ろうぜ、行くぞ」
結衣「あ、待ってよ~!!」
チャリーン! パンパン!
結衣(ヒッキーと同じ大学へ行けますように……)
八幡(由比ヶ浜の受験がどうにかなりますように……)
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
雪乃「それじゃ、私はもう帰らせてもらうわ」
八幡「おう。んじゃ俺も帰るわ」
結衣「え~。せっかくだしどっかで遊んでこうよー」
雪乃「三箇日は実家にいなければならないという話をしたはずなのだけれど……。自由な時間を貰えたのは、初詣の間だけよ」
結衣「……じゃあ1月3日も遊べないの?」
雪乃「えぇ。3日がどうかしたのかしら?」
結衣「ゆきのんの誕生日じゃんっ! あたしの時はケーキ作ってもらったりしたんだし、今度はあたしが何か作ってあげようと思ってたのにぃ~」
雪乃「…………」
八幡「…………」
雪乃「……由比ヶ浜さん、変な気は回してくれなくても大丈夫よ。えぇ、本当に大丈夫だから。謹んで遠慮させてもらうわ」
結衣「?」
八幡「あのな……めでたい日に、わざわざ不幸をプレゼントすんのはやめてやれ」
結衣「ッ!? 二人とも酷過ぎだしっ!!」プンプン!
雪乃「……もうしばらく、賑やかな日々は続きそうね」フフッ
八幡「だな」
【最終回:やはり俺の青春ラブコメは……。】
八幡「…………」
結衣「…………」
……沈黙。
沈黙とは、口を利かず黙っていること。
もしくは、活動をやめて静かにしていることである。
現在9月中盤。
大学の夏休みは長いことだしまだまだ休んでいられるだろうと高を括っていたのも束の間、休日終了が刻々と目の前に迫ってきていた。
夏、終わらないで(切実)
本来夏休みは休むためにあるのだから、残り僅かな時間を沈黙──つまり活動をせず静かな状態──
で過ごすことは全くもって正しい行いであり、その理論に則って考えれば「沈黙って素晴らしい!沈黙最高!」となるはずなのだが……。
八幡「…………」
結衣「…………」
……どうしてこんなに気まずいんですかねぇ?
なぜ由比ヶ浜とまともに会話することができないのか、問題点を1から整理していこう。
まず、事の発端は数日前の花火大会に遡る。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
結衣「キス……しても、いい?」
八幡「なっ!?」
八幡「由比ヶ浜さん? こんな公共の場で正気か……」
結衣「こういう雰囲気でファーストキスできたら良いなぁって、思って。ダメ……かな?」
結衣「ほ、ほら! みんな花火の方見てるし、周りの目を気にする必要はないかなぁ~、みたいな……」
八幡「…………」チュッ…
結衣「ッ~~~~~~!????」
八幡「…………」
結衣「………ん」
八幡「……これで良かったか?」
結衣「 」ポケー…
八幡「由比ヶ浜? おーい、大丈夫かー?」
結衣「 」
八幡「大丈夫か、……結衣」
結衣「……うぇっ!? ヒ、ヒッキー? 今、あたしのこと名前で……」
八幡「……できない約束はしないって話、したことあったろ。この前、その内名前で呼ぶって言っちまったしな……」
結衣「うん……、ありがと…………は、八幡」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
そう。
ここまではいい。
何一つとして間違えていない、我ながら完璧な青春ラブコメであったといえよう。
しかし、そんなShinyでDreamyな時間もあえなく終わりを告げる。
なぜかって?
我がコミュ力の底辺ぶりをあまり舐めるなよ。
良い雰囲気のまま帰宅……なんて真似ができるわけないだろ!
だって口付けとか当然初体験なわけですし?
とてつもなく恥ずかしすぎて頭が沸騰しそうだったわけですし?
緊張のあまりまともに会話するどころか相手の顔を見ることすらできなくなってしまったのは俺がいけないのではなく、当然のことでありむしろ自然なことなのではないだろうか。
そうだよ。
仕方なかったんだって。
ほら、花火大会の後無言のままお別れとはならず、こうやって今日会う約束を取り付けただけでも上出来であるといえよう。
うん。俺頑張った。すげー頑張った。
八幡「…………」
結衣「…………」
まっ、そんな言い訳をいくら考えてみたところで事態が好転するわけじゃないんですけどね。
いやほんと誰か助けて。
うぅむ……。
由比ヶ浜の方からいつも通りのテンションで接してきてくれればなんとかなるような気がする。
結衣「…………」
おいおい、ほんと頼むぜ。
空気読んだ行動とるの得意だろ?
とりあえずこの気まずい感じを何とかしてくださいお願いします。
いやまあ、空気を変えるのは俺も得意っちゃ得意なんだが、俺のやり方だと悪い意味で空気をぶち壊してるだけだからなぁ。
もうそんな方法を使うわけにはいかない。
ましてや、大切な存在が相手であっては尚のことだ。
…………くそっ。
柄じゃないなんてことは重々承知しているが、こうなったら正攻法で行くしかないのか。
八幡「……な、なあ」
結衣「……なぁに?」
八幡「あー、えぇっと……」アセアセ
どうにかしようにも言葉が出てこない。
こういう時ばかりは、普段は好きな己の性格が本当に恨めしい。
……言葉にできないのならば、気持ちだけでもきちんと向き合わなければ。
俺は意を決して、今まで宙をさまよっていた視線を由比ヶ浜の方へと向ける。
八幡「…………」
結衣「ヒッキー?」
あ、ヤバイ。
由比ヶ浜の顔を見ていると、どうしてもあの夜のことが鮮明に思い出されてしまう。
暗がりでも分かるほどに上気した肌。
揺れる瞳。
交わる唇。
そして、柔らかいの一言では表現しきれない、どうにも不思議で幸せな感触。
思い出すだけでもどうにかなってしまいそうだ。
悪意には耐性のある俺ではあるものの、こういった気恥ずかしさには滅法弱い。
日頃の屈強な理性による抵抗も虚しく、俺の視線は由比ヶ浜の唇へと吸い込まれ───
八幡「…………」ジー…
結衣「ッ! ちょっ、そんなマジマジ見られると恥ずかしいんだけど」///
八幡「わ、わるい」
結衣「ってかさっきから妙にソワソワしすぎだし!」
結衣「意識しちゃうのは分かるっていうかあたしも結構恥ずかしかったりするげさぁー、ヒッキーの場合気にしすぎ!!」
八幡「いや、そりゃそうだけど、そっちこそさっきからずっとダンマリで……」
結衣「それは超話しかけづらいふいんき出してるのが悪いんでしょ」
え? 俺が悪いの?
それとふいんきじゃなくてふんいきな。
とかそんなツッコミを入れてる場合じゃなかった。
八幡「今日の俺、そんなに話しかけにくかったか?」
結衣「うん。すっごく」
八幡「……誠に申し訳ございませんでした」
結衣「まったくもう」
話しかけづらいとか……んなこと言われても、ねぇ?
どうしろってんだよ。
八幡「…………」ソワソワ
結衣「って、またソワソワしてるし!」
八幡「それは仕方ないだろ! 抑えようにもどうしようもないんだって!!」
結衣「むぅ~~~。これから先、ずっとそんな感じでいる気?」
八幡「いや、それは……」
たしかにこのままではまずい自覚はある。
とはいえ、普通に振る舞えと言われてもすぐにはできそうにないというかなんというか……。
八幡「その、悪いと思ってはいるんだが、まだ気恥ずかしさが抜けなくてだな」
結衣「じゃあ……、慣れてみる?」
八幡「……ぇ?」
結衣「いや、ほら、さっきからヒッキーあたしの唇チラチラ見てから……」
結衣「えぇと、またああいうことしたいのかなー、とか……、そんで慣れれば平気になるかもなー……、とか、思ったり……」
八幡「 」
……………は? ハァァァ!?
あんなことしたから俺は普通でいられなくなっているというのに、だったら慣れるまでしちゃえばいいじゃんとか何それ意味分かんない!
トンデモ理論すぎんだろっ!!
結衣「……嫌?」
うぐっ……。
だから瞳を潤わせつつの上目使いはズルイと思います。
八幡「嫌、って、わけじゃ……ないけど……。でも、なんつうか……」
結衣「嫌じゃないなら、さ……」ズイ…
八幡「えっ、ちょっと待て、おいっ」
結衣「ん」ズズイ…
由比ヶ浜がどんどんこちらへ近づいてくる。
後ずさるも背中が壁に当たり、退路が断たれ、そして───・・・・・・…………
・
・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
結衣「ふふふ。ヒッキー、少しは慣れた?」ニコニコ
八幡「あー……。慣れたっつうか、しばらくはもう結構です……」グッタリ…
結衣「えぇー。そんなこと言わないでさー、またしようよ!」
八幡「致しません」
結衣「むぅ。つれないな~」
つれないも何も、しょっちゅうこんな目にあってたら俺の神経がもたないっつうの。
つーかこっちは気が気でないってのに、なんでそんなに元気なんだよ。
いやまぁ、由比ヶ浜のおかげで普通に喋れるようにはなったし感謝はしてるんだけどよ。
結衣「迷惑だった、かなぁ?」
八幡「そ、そんなことはないぞ。むしろ大変幸福でありましたというか、えぇと」
結衣「えへへー」ニヘラー
そんな嬉しそうにニヤけやがって。
可愛すぎんだろっ。
結衣「それじゃ、そろそろ帰るね」
八幡「おう」
結衣「またね。……八幡っ!」
八幡「っ///」
……おい!
不意打ちしといて言い逃げはズルイだろ。
ヒョコッ!
小町「おに~ぃちゃんっ!」
八幡「うをっ! いきなりビックリさせんなよ」
小町「にひひー。それで、お兄ちゃんはさっきまで結衣さんと何をしてたのかなー?」ニヤニヤ
八幡「なななななな何もしてないぞッ!?」
小町「……ごまかすの下手すぎでしょ」
八幡「…………」
小町「まっ、別に何しててもいいんだけどさ、しっかり責任を持った行動しなよ?」
八幡「責任とらなきゃいけないような行為には至ってねえよ。ほんとに」
小町「首元にバッチリキスマーク付けながらそんなこと言われましても……」
っ!? マジで!??
うっわーこれどうすんだよ親にはぜってーバレたくねえ。
ってか小町にバレた時点で結構精神的にキツイ。
あ、本当にキス以上のことはしてないからね?
……キスは何度も何度もされまくっゲフンゲフン。
八幡「少なくとも、小町に迷惑かけるような事態は起こさないさ」
小町「小町のことは二の次でいいからさ、ちゃんと結衣さんを幸せにしてあげなきゃダメだよ?」
八幡「気が早えよ」
小町「どうだか」ジトー
八幡「……小町ちゃん? ほんとキス以上のことはしてないからね? ほんとにほんどからねっ!?」
小町「ほ~。キスしてたことは認めますかそうですかそうですか」ニヤリ
ぐっ!
しまった、墓穴を掘ったか。
……どのみちバレバレだっただろうけど。
八幡「まぁあれだ。幸せにするとかそういう大層なセリフを吐くのは、大学卒業後も……そしてそれから先も、ずっと関係が続いてたらの話だろ」
小町「そっか。じゃあ、ちゃんと続くといいね」
八幡「……ん、そだな」
とはいえ、俺と由比ヶ浜の関係が平穏なまま続くなんてことはあり得ないだろう。
なんつっても、俺はキス1つで取り乱しまくるようなヘタレだからな!
きっとこれからも、何度か気まずくなったり波乱が巻き起こったりするんだろうな~。嫌だな~。
それでも、俺はずっと一緒にいたいと思っている。
それはきっと、向こうも同じだろう。
普通の恋人同士とはズレているのかもしれないけれど、それをいけないことだとは思わない。
それぞれに適した付き合い方というものがあるのだ。
普通でなくても、正しくなくても、俺達は俺達なりのやり方で頑張ってみるさ。
だから、今までもこれからも─────
─────やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 二次創作SS
由比ヶ浜「キス……しても、いい?」 八幡「なっ!?」
~了~
~数年後、結婚式場~
ワイワイ ガヤガヤ
義輝「ふむぅ……。まさか我々の中で、八幡が一番最初に結婚することになるとは」
彩加「あはは。たしかに八幡は一生独身だったとしても楽しく生きていそうな感じがするし、こうも早く籍を入れるっていうのはすごく意外だね」
八幡「別れる気がない以上、遅かれ早かれ結婚することになるわけだしな」
八幡「結婚は人生の墓場とかよく聞くが、まぁ……、あいつと同じ墓に入ることになるならそう悪いもんでもないさ」
義輝「なぬっ!? おむしの口からそのような言葉を聞くことになるとは……」
義輝「もしや貴様、八幡の偽物であるなッ!!!?」ババッ!
八幡「あ? おまえなに言ってんの? つーかいい歳して中二病続けてんじゃねぇよ」
義輝「いやほら、俺だってほんとは恥ずかしいんだけどさ、最近は作家もメディアに露出する機会が偶にあったりするからキャラ立ちも重要というか……ね?」
八幡「お、おう……。おまえも色々と苦労してるんだな……」
彩加「ほら、材木座君のそういうところを気に入って応援してくれいる人だってきっと少なくないよ! がんばって!!」
義輝「うん。ありがとう……」
義輝「ごほん! ごらむごらむ……それはそうと、花嫁は放っておいてよいのか?」
八幡「あぁ~、さっき控室に行ったら小町と雪ノ下に追い返された。メイクやら衣装やらバッチリ決めてる姿をギリギリまで見せたくないってのが、結衣の希望だとさ」
八幡「なんで小町と雪ノ下は控室に入ってよくて、新郎である俺が立ち入り禁止なんだよ」ケッ!
義輝「おぬしの奉仕部内での扱いは、今も昔も変わっていないのだな」
八幡「うっせ」
彩加「え、えっと。何はともあれ八幡、本当に結婚おめでとう!」
義輝「うむ! めでたいめでたい!!」
平塚「比企谷、私からも祝福させてもらうぞ」
八幡「みんな、ありがと……ん?」
義輝「…………」
彩加「…………」
八幡「…………」
平塚「うん? どうかしたのか?」
八幡「……平塚先生、いつからここに居たんですか」
平塚「いつからも何も最初から居たさ。招待状を送ってくれたのは君と由比ヶ浜だろうに」
八幡「あー、えっと、そうじゃなくってですね」
平塚「おっと! そうかそうか、もう由比ヶ浜ではなく比企谷になるんだったな。私としたことがうっかりしていたよ、すまない」
八幡「はぁ、なんかもういいや……。別に結衣の呼び方くらい自由で構わないと思いますよ」
平塚「そうかね? たしかに二人とも比企谷では紛らわしいものな、ハハハ」
平塚「それにしても、先程は随分と惚気ていたな」
八幡「はい?」
平塚「ほら、『あいつと同じ墓に入ることになるならそう悪いもんでもない』だのなんだの」
八幡「そんなとこから聞いてたんですか」
平塚「ハハハ。だから最初からここに居たと言っているだろう」
平塚「君たちは私のような売れ残りの存在など、気にもとめていなかったようだがな!」
義輝「…………」
彩加「…………」
八幡「……その歳で自虐ネタされても、さすがに笑えないっす」
平塚「グハッ!!」
義輝「そのような発言と性格のせいで売れ残っているのでは……」
平塚「ぐうぅぅうううッッッッ」
戸塚「二人とも、そんなこと言っちゃダメだって!」
戸塚「……今更内面を変えたところでもう手遅れなんだからさ」ヒソヒソ…
平塚「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
・
・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
平塚「という夢を見たんだ……」ズーン…
八幡「んな話されましても……」
八幡「ってか、俺と由比ヶ浜が付き合い始めてからまだ半年も経ってませんよ? いくらなんでも結婚とか気がはやすぎなんじゃ」
平塚「し、仕方ないだろう! 私だって好きでそんな夢を見たわけではないんだ!」
八幡「はいはい」
平塚「ぐぬぬ……」
平塚「しかしまぁ真面目な話、君たちは互いに一途そうだからな。もしかしたら正夢になってしまうかもしれないぞ?」
八幡「いやいや、さっきのか正夢になっちゃったら困るでしょう。……平塚先生が」
平塚「……グスン」
平塚「と、とにかく! せっかく素敵な彼女が出来たんだ。あまり悲しませるような真似をするんじゃないぞ」
八幡「言われなくともわかってますよ」
八幡「それに、先生にも色々と感謝してますから。怒られるような真似はもうしませんって……多分」
平塚「ふふ、そうかそうか」
おわり
新品やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続 由比ヶ浜 結衣 1/8スケール PVC製 塗装済み完成品フィギュア発売日:2015-10-27