前編
【俺ガイル長編SS】八幡「ブラコンめ」沙希「シスコンめ」【前編】
12月23日
冬休みとっつにゅう~。
入試が2月だから受験前のまとまった休みはこれが最後なのだ。
基本的に小町には甘いお兄ちゃんだが、ここ最近はしっかり勉強の面倒を見てくれて合間合間に甘やかしそうになる。
結局甘いんかい。
でもあっちもあっちで、期末試験が終わったので余裕が出てきたのだろう。
小町や大志くんの面倒を見る時間も少し増えてきたし、お姉ちゃんと彩加さんも居る。
人数が増えた分、負担も減ったんだろう。
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お兄ちゃんは基本勉強に対しては継続タイプだ。
勉強は少しずつ丁寧に、かつ日々継続して教えてくれる。
なので一呼吸置くタイミングも程よいところで挟んでくる。
今日と明日には勉強会の予定を一切入れてない。
ここで2日間とっちゃうところが甘いんだよなぁ~お兄ちゃんは。ま、そこも好きなんだけどね。
それにちゃんと考えてみれば社会人である両親も、連休はぐーたらしっぱなしだ。
大人の休日ってこんな感じなのかなぁ・・・
多分こんなことお兄ちゃんに聞いたら『つまり休日はしっかりぐーたらしている俺はマジ大人!』とか言い出しそう。
はぁ、お兄ちゃんは変なところで大人で、変なところで子供なんだよなぁ。
ま、大人な部分だけを見ている人なんて流石に居ないだろうけど。なんせお兄ちゃんだし。
お兄ちゃんはまだ寝ている、もうお昼過ぎだよお兄ちゃん。
堕落に対しても継続タイプなのは関心しませんなー。
あのお弁当大戦以来、お兄ちゃんがキッチンに立つ機会は多くなった。
今では落ち着いたものの、"ほぼ小町が食事担当"から"日々交代制"へと変わった。
要するに今日は小町担当で、職務の無いお兄ちゃんは働かない日なのである。
まったくもう・・・せめて部屋の掃除くらいしてよ。
でもまぁ、明日はお兄ちゃんにとって一大イベントが控えているのだ。体力を温存しているのだろう。
なんせ明日はクリスマスイブ!そしてなんと結衣さんと雪乃さんからパーティのお誘いが来ているのだ!
さらにさらに、そこにはお姉ちゃんも参戦!うっふっふ~これは見ものですなぁ・・・
ぴんぽーん
「はいはーい、今出ますー」
何だろう?宅配便かな?
ガチャ
そこに居たのは沙希お姉ちゃん。
あ、"お姉ちゃん"だけでもいいけど"沙希お姉ちゃん"って響きも小町的にポイント高いかも☆
「こんちわ小町」
「お姉ちゃん、いらっしゃいませー。今日はお1人で?」
「うん、今日は勉強の予定入れてない日だしね、単純に遊び目的もいいかな、っと」
お姉ちゃんと彩加さん、それとお兄ちゃんは常に3人ってわけじゃない。
お兄ちゃんは彩加さんだけと出かける時も結構ある。
けどお姉ちゃんだけと、ってのはこの間のデートが初めてだったっぽい。
やっぱあのデートは大正解だったなー。はっ!?まさか彩加さんもそこまで読んで!?
・・・
うーん、どうだろ?ま、大志くんも素早く空気読んでくれたし、万事よし!
「さっすがお姉ちゃん~!あー・・・でもですねー・・・兄はまだ寝てるんですよぉ・・・」
「はぁ・・・まったく・・・あいつの部屋ってカマクラはあんま入んないんだっけ?」
「はい。あんまって言うかほぼ近寄りませんね」
お姉ちゃんは猫アレルギーだ。
そんなお姉ちゃんが猫を飼ってる我が家に単身で来てくれるまでになるとは・・・
「それじゃあたしも起こしてみるか。小町、起こし方教えてよ」
「おっまかせあれ~」
いつの頃からか、お姉ちゃんは最近お兄ちゃんに対して遠慮がなくなってきている。
雪乃さんの言葉攻めとも、結衣さんの猛烈アタックとも全然ベクトルが違う。
普通に、自然に、当たり前と言った感じの接し方。
これは本当に小町的にポイント高いのである☆
でもですね~、もうちょっとこう、"デレ"な部分が欲しいかなぁ、と小町は思うのです。
「そういや小町、カマクラの写真ありがと」
「いえいえ~。あんな感じでよかったんですか?」
「うん、あれだけあれば十分」
この間お姉ちゃんに『カマクラの写真を何枚か撮って送って欲しい』と頼まれた。
お姉ちゃんは猫アレルギーではあるが、猫自体は結構好きなんだそうな。
「そうそう、小町。裁縫教えてほしいって言ってたっけ?」
「そうなんですよ!お姉ちゃんの持ってる小物とか手を入れた服とかずっと気になってたんですよ~」
「フフ・・・総武高に受かったら家でも学校でも教えてやるよ」
・・・は、はわっ!
今のすごっ!ふっと笑った感じ超かっこよかった!さり気に入試に対して挑発織り交ぜてくるところとかスゴイ!
コンコン
「お兄ちゃんー、入るよー。おういいぞ。それじゃ遠慮なくー」
全く隙を作らせずに進入する。
「八幡、邪魔するよ」
「・・・・・」
ありゃー、予想通りとはいえ完全に惰眠モードでしたわ。
意識、ここにあらず。
お兄ちゃんが眠っている事を確認すると、お姉ちゃんはおもむろに近づき・・・
「起こす前にやっておかないとね」
パシャ!
おもむろに寝顔を撮った。
「お姉ちゃーん、見せて見せてー」
「ほら」
小町とお姉ちゃんが寝顔写真でやいのやいのやっていると、騒ぎに気付いたのか、お兄ちゃんが寝返りをうつ。
「ん・・・小町と・・・沙希か・・・?」
薄目でチラっと確認すると、そのまま睡眠モードへ移行する。
そこは突然の来客に驚いてガバっと起きる展開でしょ!
「ハハ・・・まぁ二度寝に関してはあたしもそこまで強く言えたクチじゃないからね」
「そーなんですか?」
「あぁ、バイト辞めた後でも寝坊癖はなかなか抜けなかったよ。遅刻はこいつといい勝負」
ちょっと困ったような顔で教えてくれる。
ほへー、意外・・・でもないかも。
「で、いつもはどうしてるんだい?」
「んー、朝だと怒鳴ったり、布団剥がしたり、乗っかったりですよ」
「まぁ別に急いでる平日の朝ってわけじゃないし、2番採用でいくか」
小町的には~3番も捨てがたいですよ~☆
ちょっと想像してみよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「八幡!ほら早く起きな!」
お姉ちゃんは寝ているターゲットを確認するとおもむろに布団の上からダイブ!
バッ!
ドスッ!
「う・・・っげぇ!?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あ、あれ!?だめだ!導入部までしか想像が続かない!?
いやいや頑張れ小町!仮にもお兄ちゃんの妹だぞ!
も、もう一度だ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「八幡!ほら早く起きな!」
お姉ちゃんは寝ているターゲットを確認するとおもむろに布団の上からダイブ!
バッ!
ドスッ!
「う・・・っげぇ!?」
「逃がすか!」
ガシッ!
お兄ちゃんの頭部を鷲掴みにし、身動きを封じる。
「うが・・・が・・・」
「そしてトドメ!」
ドガッ!
鳩尾にその拳が振り下ろされる。
「カッ・・・ハッ・・・」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
トドメ刺しちゃった!?
うーむ・・・悔しいが2番が最もしっくり来る。
そうこう考えてるうちにお姉ちゃんは布団に掴みかかる。
「八幡!ほら早く起きな!」
ガバッ!
「うげぇ!?さ、寒っ!?」
「ったくもう昼だよ?それに寒いのは薄着だからでしょ?」
お兄ちゃんはシャツ1枚とベジータの息子スタイルで寝ていた。
えー、お姉ちゃんそこも動じないのー?
もうなんか完全にこの2人、小町の予想をはるかに上回ってる。
「おー、沙希か・・・おはよーさん、何しにきたんだよ」
「ん、おはよ。あんたを起こしにきたんだよ」
「さよか・・・ふわぁぁぁぁぁ・・・そりゃごくろーさん」
お兄ちゃんもお兄ちゃんで、そこはもっと恥ずかしがってもいいんじゃないかなぁ。
完全に小町に起こされた時と同じテンションだよ。
「それじゃ、顔洗って着替えてきな。あ、別に出かけるわけじゃないから服は適当でいいよ」
「あいよー・・・」
お兄ちゃんは首をぐりぐりコキコキいわせながら部屋を出て行った。
ダメな部分丸出しである。
「ほへー・・・お姉ちゃん、お兄ちゃんの扱い手馴れてるなー」
「あぁ、まぁどこの家も似たようなもんだよ」
あー、なるほど・・・こりゃお兄ちゃん尻に敷かれるよ、ホント。
でもでも~、そーゆーのも小町的にはアリ!
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「んで?俺の睡眠邪魔する為だけに来たの?」
「ばーか。時計じゃないよあたしは」
お姉ちゃんはそう言って、鞄を置く。
「ほら、あんたの服で色々試作するっつったろ?持ってきたんだよ」
「ふ、服ぅ!?それに試作って・・・」
「あー、そんなん言ってたなぁ・・・」
なんと・・・お兄ちゃんがコーディネイトされていく。
お兄ちゃんがお姉ちゃん色に染まっていく。
いいぞー。もっともっとー。
「んじゃ俺着替える必要無かったんじゃね?起こした時点で服渡せよ」
「うっさい、まずは部屋の掃除だよ。どうせこのままじゃ年越し前にも掃除しなさそうだしね」
確かにお兄ちゃんは掃除はそれほど得意じゃない。
大して物を置いておかない部屋のくせに、散らかすのだけは大得意。
「まじかー、そうだな・・・掃除も専業主夫には必須スキルだしな・・・」
お兄ちゃんはまだ寝起きモードから脱出できていないのか、ぼーぜんとそんな事を言ってる。
「小町、手伝ってくれる?」
「モチのロンですともー」
まぁさほど広い部屋というわけではないので、3人でやってしまえばパパっと終わる。
「それじゃ窓開けて、小町はゴミを纏めちゃって。あたしは脱ぎ散らかしの服畳んじゃうから、八幡はマンガとか参考書とかちゃんと仕舞って」
「うーっす」
「了解でーす、それじゃゴミ袋取ってきますねー」
一旦部屋を出て、キッチンの奥からゴミ袋を持ってくる。
「にゃーご」
そこに居たのは餌を食べ終わったカーくん。
「おっとそうだったそうだった!」
お兄ちゃんの部屋に戻る前に、カーくんを連れて小町の部屋へ。
うぅ・・・やっぱカーくんちょっと重いよぉ~。
「カーくん、今日は小町のベッド使っていいから、おとなしくしててね☆」
ベッドにカーくんを下ろす。
『おう、お前の兄貴のためだもんな。わぁーってるよ』
などと思ってるのかどうかは知らないが、おもむろに腹を上にしてゴロゴロし始めた。
不満は特にないらしい。
お兄ちゃんの部屋へ戻ってくる。
部屋は半分以上片付いていた。手際いいなー。
なんだかんだでお兄ちゃんも一度行動を始めればちゃんとやってくれるみたいだし。
お姉ちゃんはそんなお兄ちゃんにちゃんと行動させるし。
ゴミを袋に移しながら、様子を見てると、ふと思いつく。
「やっぱ2人は息合ってるって感じだなぁ~もう何か夫婦!って感じ☆」
ここはいっちょ爆弾投下!さぁどうなる・・・?
「あーそうね。このまま相手居なかったらあたしが貰われてやるよ」
ほぁ!?
「まじかー、サンキュー沙希ぃー、愛してるぜー」
ほあぁぁ!?
「はいはい、あたしもー」
・・・ほぁ?
「でも専業主夫はダメだかんね」
「まじかー、カーチャンそりゃないんじゃないのー」
「うわー・・・なーんかテキトーだなぁ・・・」
小町とお兄ちゃんとの会話と同じテンションだった。
お兄ちゃんは遠慮が要らない相手だと、とことん遠慮しないんだよなぁ。
「ほへー、これが元古着とはー」
掃除を終え、リビングに戻ったところでお姉ちゃんは鞄から服を取り出した。
この前の2人のデートは、裁縫道具の新調とお兄ちゃんの服の材料を買ったようだ。
「衣服に手を入れるのはあんまり経験がなくてね。けど興味はあったし丁度良かったんだ」
「大志くんの服も何か手を入れてたりするんですか?」
「いや、私服に手を出すのは初めてかな。だから試作」
ふむふむ、古着特有の古ぼけた部分をしっかり補強してるし、腰元あたりはスッと引き締めて強調してる。
派手に改造するわけではなく、あくまで自然に。
「お兄ちゃん、早速着てみてよ!」
「はいはい・・・言っとくけど今日は出かけないからなー?着るだけだぞ」
お兄ちゃんは洗面所へ向かって行った。
「上手くいくようになったら、小町の分も何か作ってみるよ」
「あ、でもでもー、そうであれば小町も一緒に作りたいですー」
「ハハ、そうだったね。じゃあ受験が終わって時間がいっぱいある春休みになったら一緒に作ろうか」
「是非に!うっわー、楽しみだなー」
その為にもちゃんと合格しなきゃね。
「戻ったどー」
お兄ちゃんがリビングに戻ってくる。
「おぉ!お兄ちゃんイメージ変わるぅ~」
スラリと引き締められた上半身がバランスよく、姿勢も心なしか良く見えるようになってる。
視線を上げていくと・・・あぁ、やっぱり相変わらず腐った目。
「ふーん・・・うん、試作にしちゃ我ながら上出来だね。あんたを最初にしといて良かったよ」
「おー、そいつはどうもー。文化祭での経験が活きたわけだ」
「ハハ、あん時はどうもね」
お姉ちゃんは文化祭の時、衣装担当をしたそうな。
その時は自分から名乗り出れなかったんだけど、お兄ちゃんがこっそり助け舟を出してくれたって。
そんな事を以前、ちょっとだけ嬉しそうに教えてくれた。
「お兄ちゃん、明日の服は決まったね!」
「え、マジか。これ着て行くの?」
そりゃそーでしょ!全くゴミぃちゃんめ!
「何言ってんだ、その為に今日持ってきたんだろ?」
「お前試作って言ってただろ・・・どんだけ自信満々なんだよ・・・」
お姉ちゃんも自分が手を入れた服を着てもらえるのが嬉しいのかな。
さーて、小町は明日何着て行こうかな。
12月24日
「うぃーっす」
「みなさーん、お待たせしましたー」
昼過ぎ、駅前。
"クリスマスパーティー"などという超絶リア充イベントに俺は足を踏み入れる事になる。
「やっはろー!ヒッキー!」
「おう、待たせちまったか?」
「そんな事ないよ、僕も丁度さっき来たんだ」
「そ、そうか。遅刻しないでよかったぜ」
彩加ぁ!お前ってヤツはどこでそんな高等待ち合わせテクニックを!
まさしく夢と憧れのやり取りだよコレ!もういい!男でもいい!
「こんにちは比企谷くん。まさかよりにもよってこの日に顔を合わせる事になるなんてね」
「コンニチワ雪ノ下サン。そう思うなら誘った由比ヶ浜に文句を言うか、お前が来ないって選択を取って下さいよ」
「あら?あなたが来るのは確定だったのかしら?」
「うっせぇ・・・」
「もう2人とも、すぐそんな事言い出すんだから。今日は楽しくやろ。ね?」
由比ヶ浜が雪ノ下に抱き着きながら言う。
「ま、まぁ・・・善処するわよ・・・」
「うん!」
相変わらず由比ヶ浜に対してコイツは甘々だ。
「ヒッキーも!クリスマスパーティー来てくれてありがとうね!」
「あいよ」
そりゃさ、確かに『どれか1つにしろ』って言った時点でこーなる事は容易に想像できたわけだよ。
年末行事の中ではぶっちぎりに強いヤツ。とびっきりの最強。12月24日がやらねば誰がやる。
しかも何?今日は"クリスマスイブ"で明日が"クリスマス"だぁ?いい加減にしろよ双子かよ。
冬という季節を象徴した氷のロマンスと、熱く火照った体を象徴する炎のロマンスで一夜越しのシンメトリカルドッキングですかぁ?コノヤロー!
俺の下の方の竜がザ・パワーってか!?そのまま光になれぇ!浄化されろ!身も心も浄化されて坊主になりやがれ!あっちの方も坊主になりやがれ!
とかなんとか思いながら布団に包まりひたすら朝が来るのを待つ。それが"クリスマスイブ"と"クリスマス"という悪夢の2日間。
ぼっちにとっては1年で、どんな学校行事よりも難易度の高いナイトメアモード。参加権すら通常ありえない。マストダイ。
しかしそれはぼっちの話、今の俺には何の問題もない。
と、友達、い、居るもんね!居るもんね!
ただちょっと初参加だから立ち振る舞いが判らないだけで、き、緊張とかそういうんじゃないんだからねっ!
そ、それにぃ?友達が居る場合でも男の場合は、こんなイベントに参加するというのも結構難易度が高いんだ!
友達居た状態でクリスマス迎えた経験なかったから不確定要素ではあるが、男女混合のクリスマスパーティーなんてよほどの幸運の持ち主だ。
女同士ならまだ考えられるが、男同士でクリスマスを共に過ごすなんて大参事だけは誰もが避ける。
つまりだ、今この場において俺は超リア充、超幸運、超高校生級の幸運の持ち主!
裁判で超幸運を駆使して切り抜けてズタボロの屍になるまである。って俺ゲームオーバーじゃん!?
「ごめん、お待たせ。あたしが最後かな」
「こんにちはッス」
なんて無駄な考えをしていると沙希と大志がやってくる。
「あ、沙希ちゃん、大志くん」
「やっはろー!今日は来てくれてありがと、沙希」
「う、うん、こちらこそ・・・ありがと」
・・・考えてみたらこいつ、女友達がいねぇんだよな。
小町はどっちかっつーと大志と同じ位置に居るし、忘れそうになるけど彩加は男だし。
いや、沙希はちゃんと彩加の事を男として認めてるはず。
なのでこうして遊び目的で同じ女子と会話するのは新鮮なのだろう。所謂"デレ"だ。
最近では俺に対してはめっきり遠慮が無くなってきており、かといって彩加、小町に対しても普通に接してしまっている。
大志はもっての外。
なので俺の視界に入るこいつの"デレ"は早々無くなってしまった。
寂しいものである。
「お久しぶりッス。今日はお招きいただきどうもッス」
「あ、大志くんも、やっはろー!」
「こんにちは、お元気そうで何よりだわ」
近い未来の後輩(予定)の登場におもむろに先輩面。
いや、奉仕部は2年の俺らだけだし、なんだかんだで関連のある後輩ができるのは、こいつらでも嬉しいのかもしれない。
「よ、待たせちまったかい?」
沙希が俺に声を掛ける。
「いんや、俺もついさっき着いたところだ」
言ってやる。
「う、うん・・・フフ・・・上出来だよ・・・」
あぁ・・・俺もやっと言えたよ・・・
って、だーもうなんだこれ恥ずかしすぎるだろ!次からは絶対俺が遅れてきてやる!
カラオケ店
場所は以前由比ヶ浜の誕生日を祝ったところと同じ。
何なの?定番化させるつもりか?
「まぁどうせここだとは思ってた」
「パーティールームは広いし、時間も長く居れるからね。僕もここだと思ってた」
マジで!?彩加と思いが重なっちゃった!62秒でケリを付ける!
「まぁね、これだけの人数だと誰かの家でってのも流石に無理があるし」
由比ヶ浜も手慣れた様子だ。流石パーティー企画と進行には定評がある。
「そうだなー・・・ってかあの時は誕生日ケーキ持ち込みだったけど、クリスマスもオッケーなの?」
見ると雪ノ下はケーキを持ってきている。
以前のケーキのサイズはそこまで明確に覚えてないが、多分それより大きいだろう。
「うん、今回は事前に聞いてオッケー貰ったよ」
「基本的にこの店は、お祝い事に関しては結構許容してくれるそうよ」
「うむ!やはりそれくらいの懐の広さを持ち合わせてなければ、我が愛刀の置き所にも困ると言うものよ!」
「あ、俺カラオケって久しぶりッス!」
「ん?そうなんか大志。ってまぁ中学生だとそこまで頻繁に来れる財力も難しいか」
「むふぅん!そうであろうそうであろう!か弱き後輩の面倒を見るのも、将軍の務めであろう!」
「と言ってもー、歌うとは限らないよ。ほら、前も小町が言い出さなかったら多分歌ってなかったし」
「そ、そうなのか?まぁあたしはこーゆーのあんま・・・慣れてないし・・・」
「無理しなくていいよ沙希ちゃん。今度僕と八幡と一緒に来よ?その時慣れればいいよ」
「なっはっはっは!我も八幡あるところ我もありだぞぉ!」
「ごちゃごちゃうるせぇー!」
すっげぇムカつく図体を蹴り飛ばす。
「たわっばぁ!」
スっ転んだ豚を横目に、ふんっ!と鼻息を鳴らす。
「で、何でいるの?誰かに呼ばれたの?お前を呼んでいるのは調理場のコックだぞ」
俺の目は今まさしく『養豚場の豚を見る目』だろう。
「な、なんスかこの人。初めて見るんスけど・・・」
見ろ、大志が怯えてるじゃねぇか。激しくどうでもいいな。
「なんだこいつ、どっかで見た事あるんだが・・・なんだっけ?心霊写真か何かで見たような・・・」
「あぁほら、豚の妖怪だよ。天竺目指して旅してたら、他のメンバーに食われそうになったんで逃げてきたんだよ」
「ブヒッwwwwwwww」
「まぁまぁ、ちゃんと入れてあげるから。でも中二ってヒッキーの来るところになんだかんだで突然現れるよね。ストーカー?」
「なるほど、俺は警察に通報すればよかったんだな」
失念してたぜ。まさかこんな簡単に解決できる方法があるとは・・・
「え、ちょ、ちょっとぉ?はちまーん!?」
「あら、警察に不審人物として捕まりそうなのは比企谷くんの方じゃない?通報自体が分の悪い賭けよ」
「電話越しでもダメなのかよ!?」
ま、しゃーない。なんだかんだで由比ヶ浜の誕生会にも、文化祭の打ち上げにもこいつ居たし・・・ほんと何で居たんだろう。
こいつは一人で移動イスに座らせるという事で手を打とう。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「「「メリークリスマース!」」」
カチン!と乾杯の音が鳴る。
各々が飲み物を一通り飲んだところでようやく腰を下ろせる。
まったくなんで乾杯まで立ってやるんだよ。
おっとその前にコート脱がないと。
大き目なパーティールームは収納スペースが配置されていたりする。
多人数の上着や荷物などを置いておくスペースだ。
沙希も彩加もその手の上着は着てきていない。
彩加はちょっとダボダボ気味のパーカー。うん、それ八幡的にポイント高いわ。
沙希は妙にカッコいい短めのジャケット。スタイルの良さが際立っている。
小町と大志は部屋に入った時にさっさと仕舞ったようだ。
材木座はあれ脱いだらキャラぶれるんで放っておこう。THE・木材とかになってしまう。
んじゃ残るヤツは・・・と
「雪ノ下ー、由比ヶ浜ー。コート仕舞うぞ、ほれ」
「えぇ、お願いするわ」
「えへへー、ヒッキーありがとう!・・・ってあれ?」
コートを脱いでハンガーに掛けてる俺を由比ヶ浜が観察している。
「んん?ヒッキーなんか服の感じ変わった?」
むむ・・・流石上位カーストに食いこんでいるだけはあるな。
変化に、特に衣服の変化に気付くのが早い。
「あら、そういえば・・・あなたは服に関しては無頓着だと思っていたけれど・・・」
いやまー、たしかにそーなんだけどさ・・・。
チラリ、と沙希を見る
沙希は平静を保とうとしているが、口元がわずかに緩んでいるのが見て取れる。
カッコよくキメてきたワリにコップ両手で持ってもじもじしおってからに・・・
ククク・・・そーゆーのが見たかったんだよ。
「んふふふふぅ~その服はですねぇ~・・・ふふふふ」
「あら小町さん、あなたの見立て?」
乱入者現る!
まぁ気づかれたなら仕方ないさ、俺も白状しよう。
「いえいえ、そうではないんですよ。この服はですね・・・」
「沙希が作ってくれたんだ。古着に手を加えてな」
「・・・なっ!?」
「ええええええ!?ホントに!?」
「う・・・その・・・うん・・・」
「へぇー沙希ちゃんやっぱり上手だなぁー。」
「はははははは八幡のよよよ鎧が、カスタマイズ聖衣だとぉぉぉ!?」
んだよ鎧って、冥界に行けってか。
「いやその・・・あたしだってその・・・私服に手を出すのは初めてというか・・・その・・・」
「おい、お前らその辺しとけ。沙希がいっぱいいっぱいだ」
今の沙希にはここらが限界だろう。
ったく家で話してた時と全然態度が違うじゃねぇか。あの自信満々な態度はどこ行ったんだよ。
「む~・・・んー、でもやっぱり沙希っぽいな。デザインそのものはあんまり変えてないけど、所々強調されてる」
「そうね・・・元々は古着だって話だけれど、それ自体も比企谷くんの姿勢に噛み合ってる・・・これも川崎さんが選んだのかしら」
ジロジロとみられる俺。まるで動物園のパンダ。
あ、いやどっちかっつーとナマケモノか。あぁ・・・怠けてぇ・・・
「そっかぁ、姉ちゃん遂に私服も弄るようになったのかぁ」
「えへへへへ~、小町も~、受験が終わったらお姉ちゃんに裁縫教わる約束なんですよぉ~」
小町が沙希に抱き着く。
おい沙希、そこは俺の場所だ!俺の位置だ!
「えぇ~!いいないいな~!あたしにも教えてよ沙希ぃ~」
「お前は料理を覚えるのが先だろ?」
「ぐ・・・」
「はぁ、そう焦るなって小町。ちゃんと教えてやるからさ」
「うぉう!?へ、へへへへ~」
沙希が小町をちょっとだけ引き寄せるように頭に手を乗せる。
あ~ん小町ちゃんったらもうヘヴン状態!
「おい、お前もその辺にしとけよ沙希。これ以上俺の妹に変な道を教えるな」
「変な道って何よ。ならあんたも大志で同じことやりなよ」
「できるか!」
俺の胸に飛び込んでいい男は彩加だけだ。
「姉ちゃん・・・流石に俺もお兄さんに対してそれはちょっと・・・」
「当たり前だ!そこはもっと強く否定しろ!」
ただでさえうちのクラスでは、そのような軽率な行動は死者がでかねないんだぞ。
「ま、やったらやったで、手首が逆向きになる事くらいは覚悟するんだね」
「自分で言っておいて結局そこに行きつくのかよ・・・いいからそろそろ離れろ」
小町のおでこをグッと押し込んで離してやる。
「ほんっと過保護だねぇあんた・・・別にちょっかい出そうってわけじゃないんだよ」
「過保護はお互い様だろーが・・・お前のは判りやすすぎるんだよ」
小町を押した手を掴まれる。
「あ・・・この流れは・・・」
「?どうかしたの由比ヶ浜さん」
「おい、あたしのどこが判りやすいって?あんたに呆れながら合わせてるだけでしょーが!?」
「なーに言ってんのぉ?男の思春期にあれこれちょっかい出したり押し付けたりするもんじゃねーよ!」
掴まれた腕を払い、世界一嬉しくない恋人繋ぎへ移行。
「そろそろおとなしくなりなシスコンめ!」
「引き下がるのはそっちだよブラコンめ!」
「かんぱーい」
彩加が俺たちのグラスを持ち、俺たちの目の前でチンッと合わせて・・・
「「!?」」
反動でグラスは俺たちの口へ。
そのままちょっとだけ傾ける。
「・・・」
「・・・」
グラスが離される。
「・・・っぷぁ!わ、悪い彩加!」
「・・・っぷぁ!またやっちまうとこだったぜ!サンキュー彩加!」
「アハハ、変わらないなぁ2人とも」
最強の笑顔で、いつも通りに微笑みかけてくれた。
「おぉ・・・さいちゃん凄い・・・」
「お見事だわ・・・」
「まー、この3人の中で誰が一番頂点に居るかと言えば彩加さんですからねー」
「そうッス。あの状況になった2人を一瞬で止められるのは彩加さんだけッス」
ふぅ・・・危ない危ない・・・
彩加が居ないときはある程度自制したり、止めるタイミングをお互いに理解してたりするが・・・
居ると居るで安心しきって気が緩んじゃうんだよな・・・
「ふむん・・・あの魔女との激闘を見続けるのも戦士の血がうずいて悪くなかったのだがな・・・」
材木座が小声で話しかけてくる。ウゼェ。
移動イスに座らせたのが間違いだったかもしれん・・・動ける[ピザ]は厄介だ。
「おい魔女って言うな、あいつは物理アタッカーだぞ。普段はモンクで、スイッチが入るとバーサーカーだぞ」
こんなこと聞こえる声じゃ絶対に言えないな。
カラオケルームというのはなんだかんだでBGMが常に流れているのが逆に助かる。
「ところで兄様?聖衣を新調なさったみたいですが、妹君は普段どんな服なのでございまするか?」
「・・・白い特攻服だコノヤロー。お前をミンチにする為のなぁ」
俺の目は再びダークサイドに染まった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「あ、美味し・・・」
俺たちは雪ノ下の持ってきたケーキを食っている。
相変わらずうめぇ。流石に菓子作りはそこまでレパートリーは無いしな、俺。
「雪ノ下はこうゆうのも作れるんだな」
沙希が関心したように言う。
「あら、料理の技量に関しては、あなたも相当なものだと聞いているけど?」
「あ、でもあたし普通の料理は作るんだけど、お菓子とかはあんまり作ってないんだ・・・」
まぁ菓子は菓子だしな。
料理スキルに必須ってわけじゃない。
「ふふ・・・あなたのそうゆう部分をお話しできるとは思ってなかったわ、川崎さん。ちょっと変わったのかしら」
「うぇ!?そ、そんなわけじゃ・・・」
「おいおい、沙希は最初の依頼の頃とあんまし変わっちゃいねーぞ。元からこーゆーヤツだ」
そう、ただ単に人付き合いに慣れていなかっただけで、こいつは元からこんなヤツだ。
根っこの部分は早々変わるもんじゃない。
「ふーん・・・ヒッキーよく判ってるね」
「当たり前だ、ぼっちは互いに干渉し合わないのがぼっちだが、見捨てるのとは訳が違う」
ぼっちはぼっちでそれぞれのカテゴライズがあるのだ。
そしてぼっちはそれを人一倍敏感に察知するのだ。
しかし相変わらず誰も歌おうとはしない。
いや、俺としては全然構わないんだが、よくこれで時間持つなぁとは思う。
既に数時間経過してるが会話が途切れる気配は今の所無い。
それどころか様子を見る限り、フリータイムの最後までトークで終わる勢いだ。
受験の話、高校生活の話、中学時代はどうだった、ケーキの作り方がどーのこーの、弁当の作り方がどーのこーの・・・
マイク拗ねてるよ?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ケーキを食い終わり、ドリンクの追加注文が来たところで
「もふん!さて皆の者、いくら我でもクリスマスプレゼントくらいは用意してあるぞ?」
材木座が全然キャラと違うとんでもない事を言い出した。
え?お前がクリスマスプレゼントだって?冗談だろ?
「おー!そうだクリスマスと言ったらプレゼントだよ!中二極稀にいい事言うじゃん!」
ほんっと極稀には言うかもしれんが、いくらなんでもこいつがプレゼントを事前に用意していたとか考えられん。
「で、自信満々のようだが何?自分のハラミでも削ぎ落とすの?」
絶対食わねぇけどな。
「フフン・・・八幡よ・・・戦の場では余裕を見せるべきではないぞ?今からここは戦場になるのだ!」
ほんっと何言ってんだこいつ・・・
戦場になってるのはお前の頭の中だろ。そのまま脳内共倒れしてしまえ。
「我からの皆へ送るプレゼントは・・・これだぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
「「「!?」」」
そう叫んで材木座が取り出したのは・・・自身の携帯。
は?そろそろマジで着いて行けねーんですけど。
お前のロクに使用価値の無いしょっぱいテレフォンなんぞ一体何になると言うのだ。
と、思っていたが様子が変だ。
「・・・・・」
「・・・な・・・な・・・」
「こ、これは・・・」
「う、うひょー・・・」
・・・?
どうにも状況が理解できない。
というか俺と沙希と彩加に丁度見えないように携帯を見せている。
いや・・・携帯の画面を見せている。
この様子では材木座がケータイ小説なんぞに浮気したわけでもなさそうだ。
いや、ラノベ完成させられない時点でそんなもんに手を出すはずないんだけど。
「おい、材木座。一体何がどうなって・・・」
「フフフ・・・ドーモ、ヒキガヤ=サン。ハチマンスレイヤーです」
そう言って・・・
画面をこちらに向ける・・・
そこには・・・
「「「あぁー!?」」」
俺たち3人が手を繋いでプリクラ台へ向かう光景が収められていた。
アイエエエエ!テレフォンショッキング!?テレフォンナンデ!?
「どどどどどどどどーゆー状況ぉ!?」
「ひ、比企谷くん、全く理解ができない写真なのだけれど?」
「お、俺も全然わからないッス・・・」
「んっふふ~、中二さん見直しましたよぉ~。確かにこれは最高のサプライズプレゼントですねぇ~」
「どうだ八幡?我が苦心の末に手中に収めた、妖刀の切れ味は?」
こ、こんの野郎ー!!
俺たち3人は3人揃って口も利けない状態だ。
「もほん!喋る事もままならない八幡に代わってわ・れ・が!説明しようではないか!」
や・・・やめ・・・
「時に、この写真の奥に見えるもの・・・なんだと思う?」
「これは・・・あー!プリクラだ!」
流石由比ヶ浜・・・この手のはすぐに判別がつくようだ。
「プリ・・・クラ・・・?いえ、今は説明を聞くのが先ね」
「うむ!続けるぞ!この地はただのゲームセンターなどと言うチャチな場所ではない!」
「ど、どーゆー事ッスか!?」
「この地はかの幻の地!すべての秘宝が眠る幻の大陸!『ムー大』のゲーセンなのだぁぁぁ!」
き、貴様まさか・・・あの時・・・!?
「ムー大・・・プリクラ・・・あ!?中二まさかソコって!」
「察しがいいようであるなぁ!そう!このフロアは・・・女子!または"カップル"専用の!いわば愛の国!!」
おめーもそのネタ引きずるんかいぃぃぃぃ!!
やべーよこの状況。もうこの場に居られねーよ。
説明したいけどさせてくれ無さそうだよ!
むしろ下手に説明しても明後日の解釈になりそうだよ!
彩加を見る
「いや・・・そのー・・・僕らはそういうんじゃ・・・」
流石の彩加も上手い言い訳が思いつかずに顔を赤くしている。
沙希を見る
「あ・・あの・・そ、そのっ・・・別にっ・・・」
最早こいつは頬を染めるどころのレベルではない。熟れたリンゴのような顔だ。
・・・・・
財布を見る
樋口一葉様が『なんだい?もう出番かい?』みたいな顔で俺を見てる。
へへっ・・・わりぃねおっかさん。オラにほんの少しだけ元気を分けてくれ。
俺は机の上にスッと5千円札を置く。
皆の視線が一瞬、5千円札に向いたその瞬間───
虚空を振っていた沙希と彩加の手を握り・・・
「小町!コート頼む!」
「わっ!」
「あっ!」
部屋を飛び出した!
出る瞬間、少しだけ振り返る。
小町と目が合う。
小町は、今にも身を乗り出しそうな雪ノ下と由比ヶ浜の腰に手を回し押さえている。
八幡センサーが電波を受信する。
───お兄ちゃん!小町はいつだってお兄ちゃんの味方ですよー!
───サンキュー小町!愛してるぜ!
───ばかぁ!そーゆー台詞を言う相手は別に居るでしょ!
───わーってるよ!後を頼む!
大志と目が合う。
大志は、2人の前に手を広げて立ちはだかりフンフン!っとディフェンスしている。
・・・一応電波状況を確認してみる。
───うっす!ここは俺も体張るッス!任せてくださいッス!
───サンキュー大志!それ以上小町の傍に寄るような事があったら、利き腕の神経切断するぞ!
───おい、あんたの両腕を腐らせるぞ。
妨害電波を受信してしまった。
材木座と目が合う。
こっそりと、親指を立てた拳をグッと俺に向けてくる。
この野郎・・・
───八幡よ、この戦場は剣豪将軍たる我が引き受けた!存分にやれぇい!
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FROM MAILER-DAEMON
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───え、ちょ、ちょっと!?八幡!はちまーーーーんっ!
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FROM MAILER-DAEMON
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俺たちは走る。
「・・・くくっ」
気恥ずかしさを振り払うように
「・・・っははは」
ひたすら・・・笑いながら走る。
「・・・っぷ!クハハッ」
「「「アハハハハハハハハハ!!」」」
その日、手を繋いで爆笑しながら爆走する変な3人組が目撃された。
ま、クリスマスイブだもの。そんな光景も、1つくらい見かけられる事もあるさ。
「はぁ・・・はぁ・・・アハハ・・・もう・・・八幡ったら強引なんだから・・・アハハ」
「ふぅ・・・ふぅ・・・も、もう・・・戻れないじゃないか・・・・クハハハ」
「ぜぇー・・・ぜぇー・・・うるせー・・・お前らだって何も言えなかっただろ・・・クックック」
3人で息を整える。
とんだクリスマスイブ。
きっと間違った、最高のイベント。
「僕たちのクリスマスプレゼント、渡しそびれちゃったね・・・アハハ」
「しょーがねーよ・・・後で俺が五体投地するわ。」
「プライドのかけらもないね・・・フフ・・・ま、無茶苦茶な方が八幡らしいや・・」
こりゃ小言じゃ済まねーな。
「今更戻るわけにもいかないし・・・僕はこっちだから、先に2人にプレゼント渡しておくね。」
そういって鞄から取り出したのは2つの紙袋。
「お、おうサンキュー。」
「あ、ありがと・・・見てもいい?」
「うん」
紙袋を少し開けて中を見てみると、薄緑色の・・・これはなべつかみ?
沙希のはピンク色の同じ物だった。お、お揃いか・・・
「お、俺も、そうだ俺も渡すよ!」
プレゼントを取り出す。
そういえば咄嗟に出てきたけど、3人とも鞄持ったままで良かった・・・
「ほら、新しいテニスウェアだ」
「ほんと!?嬉しいなぁ・・・えへへ」
「あ、なら丁度良かったかも。これはあたしから・・・はい、彩加」
取り出したのは小さな紙袋。中身は・・・
「あ、テニスラケットのキーホルダー!これ沙希ちゃんが作ったの?」
「う、うん。八幡のとセットになったみたいで・・・」
これ自分で作ったって言うのか・・・網目の部分とかよくできてるな・・・
「ありがとう沙希ちゃん!」
彩加の満面の笑みを見れた。
「じゃあ名残惜しいけど、僕はここで。またね!八幡!沙希ちゃん!」
「あぁ、またなー!」
「気を付けてね彩加」
残されたのは・・・
帰る方向が一緒の2人・・・
「あ、じゃあさ、沙希にも・・・クリスマスプレゼント・・・」
「あ、うん・・・」
俺は包みを渡す。
丁寧にラッピングされた、手のひらより少し大きい箱。
「あ、あ、あり・・・がとう・・・」
「おう・・・」
あの場のノリだったら、もうちょっと自然に渡せたかもしれない。
今は2人。
「あたしからは・・・これ・・・」
彩加の時と同じくらいの紙袋。
中身は・・・
「あ、これって・・・猫・・・?いや・・・カマクラ?」
「う、うん・・・あたしは直接見るの難しいから・・・小町に写真何枚か送ってもらって・・・」
ハハハ、こりゃ来年新学期から、ふてぶてしい面した猫のキーホルダーを鞄からぶら下げて登校する事になるのか。
「あ、あたしの方も見て・・・いいかな?」
「お、おう・・・」
俺が渡したのは・・・
飾っておくタイプの指輪。
指輪を飾る部分がウェーブになっていて、こいつの髪の毛のような形をしている。
くっそ!思い出すだけで恥ずかしい!
「・・・フフ、ありがと八幡」
「・・・あぁ、こちらこそ・・・ありがと・・・う・・・ックシュ!」
うぉぉぉ!寒ぃぃぃ!
「あー、そうか・・・コート置いてっちまったしな・・・」
「ハハハ。ならさ、ほら」
俺の手がひょいっと掴まれた。
あの日、プリクラ台に入る時みたいに・・・
俺たちの手は繋がれた。
「ちょ、ちょっとはマシかい?」
ぶっきらぼうに言い放ってくる。
「・・・ちょっとはな」
体中熱いわ!
こうして、俺たちも帰路につく。
「はぁ・・・早くあいつらの受験終わってくれねーかなぁ」
「そだね、なかなか気が休まらないよ」
「あぁ、そうなー。早く肩の荷を下ろしたいぜ」
「・・・うん」
じゃないと俺らは気が気じゃないんだよ。
あいつらの受験が終わって・・・結果が出たら・・・
俺の結果も出さないとな。
1月4日
本日の集合場所も相変わらず比企谷家。
理由は至って簡単、うちの両親は正月過ぎると即居なくなるからだ。
その上親戚付き合いもやたら少ない。
元からその辺りが学生の活動とマッチしたのか、大抵は比企谷家が溜まり場になりつつある。
ちなみに大晦日のお参りは両親と小町で勝手に行かせた。
クリスマスに労力の8割を費やしたんで、冬休み中の活動能力に限界をきたしていたんで俺はパスした。
別にパス名乗り出ないでもハブ食らうんですけど。
小町は小町で「まぁお兄ちゃんにしては頑張ったからね~」みたいなこと言って勝手に納得していた。
ほっとけ。
更に初詣。こちらもご勝手にどうぞ状態。
大晦日がパスの時点で、翌日の活動が行われる可能性は限りなく低くなるのが俺。
そもそも沙希に聞いたら「朝絶対起きれないだろうし、着物も持ってないしパス」なんて答えが返ってきた。
俺は俺でそれを聞いてテンションだだ下がりなワケで、ぐーたら寝ていた。
後で聞いたら沙希も予想通りぐーたら寝ていたそうな。
彩加はわりとその辺のイベントは家族でちゃんとやっているみたいなので、こちらはこちらで邪魔するわけにはいかない。
というか正月ってのは家族水入らずで過ごすべきなのである。
あ、俺まだ彩加の両親に会った事ねぇな。菓子折り持って挨拶せねば。息子しゃんをくだしゃい!あ、噛んだ。
「お兄ちゃん勉強終わったよー」
「でも今日はこのくらいでよかったんスか?」
受験生どもが拘束具から解放されたようだ。
しかし今日の勉強量は俺が制限した。
「いーんだよ。結構期間開けちまったし、頭慣らすとこから始めるんだよ。新学期始まったら、お前ら塾もあんだろ」
「あ、そうだねー」
「急にオンオフ切り替えても逆に着いていけねーって。残りの休み使って徐々に戻して行けばいいさ」
急激な切り替えは頭を疲れさせるだけだ。
ソースは休み明けの毎週月曜出勤する直前の親父の顔。毎回決まって『くたばれ月曜日』って呪詛呟いて出て行く。
男はみんな将来あぁなるのかなぁ・・・はぁ・・・
「じゃあ今日はどうする?僕らもすぐに試験があるわけじゃないから結構余裕あるし」
「そだなぁー、ゲームひっぱり出してきてもいいが・・・」
「八幡、どんなの持ってるの?」
沙希に問われてふと思い返すが・・・
パーティーゲームできるほど人が我が家に来たことが今まで無かったしな・・・
持ってるのは1~2人用ばかり。
PSPするわけにもいかないし・・・ここはWiiにしとくっきゃねぇなぁ・・・
この辺は大抵親父の手持ちになってしまうからな、俺もどんなのがあるのか把握しきれてない。
ごそごそと親父の所有ゲームを漁っていると・・・
ん・・・?
「彩加ぁー」
「何?八幡」
トテトテと近づいてくる彩加。今日も可愛いぜ。
「彩加ってこーゆーの好きだったよな」
「あ、うん!これならプレイする人少なくても楽しめるかも」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「え゛・・・」
沙希から一瞬、変な声が漏れた。
「お、お兄ちゃんそれやるの・・・?一応今真冬なんだけど・・・」
「別にいーだろ。俺も結構この手の好きだしよー」
俺の手に握られたもの。
寒気をそそるような文字。
意味ありげに黒で塗り固められた背景。
いかにもなタイトル。
「プレイ人数1人でもぎゃーぎゃー騒げそうなブツじゃん。彩加もノリ気だぞ」
「うん、楽しみだね。僕これやったこと無かったんだぁ」
所謂、ホラーゲーム。
「お、俺この手のはちょっと苦手なんスよ・・・」
「そ、そーだよお兄ちゃん!それにほらコレ!」
と言って三角形の注意書きを指さす。
「しんぞーが悪いお方はプレイをお控えくださいってあるじゃん!小町ちょーっとその、最近心拍がアレなものでしてー・・・」
「な、なんだとぉー!?よし判った!お兄ちゃんがすぐにでも心臓マッサージ16連射だ!」
「女の子の胸に気安く触るなゴミぃちゃんめ!」
「まぁいい、ほれ、起動すっぞ」
ちなみにコレはホラーゲーの中でも"幽霊系"に属するもの。
"ゾンビ系"のものは親父の趣味では無かったらしい。まぁ、グロ系は控えた方がいいよな。
沙希は見ての通り滅茶苦茶つえーからな、血とか臓物とか見たら比企谷家がリアル殺害現場になりかねん。
見ての通り・・・
「・・・ふ、ふーん・・・ままままま、まぁ、冬の今にほほほほホラーってのも、ロロロロマンチックでいいいいいい、いいんじゃないかな・・・」
いや何!?ロマンチックって!?
ホントの勇気見せてくれたら俺にくれるのぉ!?
「お、おう・・・」
とりあえず、生返事しておいた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ゲーム進行は俺と彩加で交代しながらやっている。
場面転換したら交代のタイミング。
他の3人は・・・
「いや~、流石に小町もこの手のはパスしたいとういか~・・・ほら、見てるだけでも楽しめるゲームだし!」
「お、俺は遠慮しとくッス・・・この手のはウチじゃあんまり見る機会ないんスよ・・・」
「・・・」
とかそんな感じ。
最後のヤツに至っては無言の圧力をかけてきた。
すっげぇへっぴり腰で圧力の"あ"の字も感じられなかったけど。
つーかコイツそんなにホラーダメだっけ?
・・・あ、そういえば。
思い出してみる。修学旅行。
こいつと行動した時があったじゃないか、そう、あの妙ちくりんな暗い道通るやつ。
滅茶苦茶制服引っ張られてたじゃん。あぁそうか。今度コイツに俺の制服も改造してもらおう。
「おっと、切り替わりか。んじゃ彩加、パス」
「うん」
とにかくだ。"怖いのが苦手"ってのは既に俺に知られているのだ。
それはそれで別に表に出してしまってもいいんじゃないか?
どうせ知られてるんだし。
「あ、ちょっとトイレ借りるッス」
「!?」
部屋から大志が出た瞬間、俺の腕は突然握られる。
もうがっちり鷲掴み。なんでそこは手じゃなくて腕なんだよ。
なるほど・・・読めた。
さっき大志のヤツはこう言ってた。
"この手のはウチじゃあんまり見る機会ないんスよ・・・"
つまりだ、川崎家でもある程度避けられているものなんだ。
当然大志は姉のこんな臆病な姿を見かけた事は少ない、または一切無いのかもしれない。
あのプリクラ1枚見せられないんだ、どうにかして平静を保ちたいのだろう。
「・・・っ」
威厳どころじゃねーなこいつ。
脚は正座モード。突き出した右手は俺の左腕を鷲掴みにし、左手は同じ角度で虚空を彷徨っている。
ガンタンクかよ。
「あー、やられちゃった」
彩加は何度か幽霊にやられながらも、全く動じる気配は無い。
「・・・んーと・・・」
小町は一応画面を見ながらも、何やらメールをしている。
そうこうしていると大志が申し訳なさそうに戻ってくる。
「あ、すいません。俺ちょっと別の友達の所にも顔出しに行くことになったッス」
「えっ!?ちょ、ちょっと大志!?」
「いだだだだだだだ!沙希!ちょっと沙希やめて!」
もげる!捻じ切られる!
「あ、うん。気を付けてね大志くん」
「まったねー、大志くん☆」
その時、俺は見逃さなかった。
小町と大志のアイコンタクト。
・・・こ、こいつらまさかまた!
「それじゃお邪魔しましたッス!姉ちゃんの事よろしくッスー!」
「オイ待て!大志!大志くーん!忘れ物!おっきいお姉ちゃん忘れ物!あと何小町とアイコンタクトしてんだ!目玉串刺しにすんぞボッケ!」
・・・クソガキがぁ・・・!!
しかし沙希は沙希でさっきの俺の発言に全然反応しない。
余裕無さすぎ。
「あ、八幡。場面変わったよ。はい」
「おう」
コントローラーを受け取る。
「おい沙希、俺操作になったんで腕離せ」
小声でちょっと注意する。
「・・・」
スッと力が抜け、手が離れる。
何か喋れや・・・
実際の所、Wiiのコントローラーは両手を必要とするわけではなく、このゲームも片手一本でやれなくはない。
しかし沙希は手を離してしまった。こうなってしまっては再び掴む訳にはいかなくなる。
ここで俺は微かな異変に気づき、少し彩加に目を向けてみる。
「彩加さ~ん、小町もこーゆーの苦手なんですよぉ」
「そうなんだ?八幡は結構何ともないのに」
小町が彩加の腕を掴んでいた。
ぐ、ぐぬぬ・・・いや、彩加ならセーフ!
しかしこれで小町の策はすべて解けた。
俺が今まで何度お前からこの手のおせっかいを食らってきたと思ってる。
①沙希の弟である大志を退場させる事により、沙希が強がる理由を無くす。
②小町自身が彩加とペアになる。
③こうする事で沙希の逃げ場が必然的に俺1人となる。
さっきのメールは大志へのミッションメール。
大志はそれを察して早々に退場して行ったのだ。どうせ今日はもう勉強しないし。
無駄に連携プレーが上手くなってからに・・・絶対に許さない。絶対にだ。
まぁいいさ、もう小町のこの手には慣れっこだ。
今日の件はお前ら2人が受験に合格することで許してやるよ。
気を取り直してコントローラーを握る。
沙希のクラッシュハンドから脱出した左手に若干の痺れを感じつつも画面に向き合う。
すると・・
ガッ!
「うぉ?」
俺の両肩が掴まれる。
振り返るまでもない、微かに感じるシャンプーの匂い。間違えようが無い。
「・・・そう、何事も無いように振る舞え。あたしの事は気にするな」
どうしようもなく情けない震え声が聞こえてきた。
ガンタンクが子泣きジジイにジョブチェンジした。
年齢どころか性別まで超越してしまった。
一線を越える!いやこの場でそんな事されても困るけど。俺のハラワタが螺旋にブチ撒けられてしまう。
「あー!ほら今映った!来る!来るって!」
「落ち着け、幽霊はあの距離ならまだ余裕はある」
「うっさい!幽霊じゃない!CGだ!」
「いや、確かにCGだけどさ・・・」
このゲームは危険が迫ってくると画面が振動する。
それを見て対処をしていくんで、幽霊が見えても画面が揺れていないなら問題無いのだが・・・
「・・・っ!来たぁ!ほら八幡!」
「うががががが」
画面に連動して、俺の体は震度7。
そんな様子を見て彩加はニコニコと笑っている。
そんな様子を見て小町はニヤニヤと笑っている。
これには八幡くんも苦笑い。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
夜も更けてきたところで解散となった。
結局、沙希はもう1人じゃ帰れないモードへ移行していた。
俺は沙希を家まで送り届けている最中。
流石に小町に言われなくてもそれくらい空気読める。
「・・・」
沙希は一言も喋らない。それは居心地の悪い沈黙とも、居心地のいい沈黙とも違う。
ふくれっ面で睨んできている。下手に喋れないだけの情けない沈黙。
「おいもういいだろ?ほら、ちょっとくらい怖いのが苦手な方が可愛げあるって」
こんな感じで俺、ひたすらフォロー。
「・・・あんただって最初の頃は、あたしの事怖がってたじゃん」
「そりゃ沙希がそーゆー風に振る舞ってたからだろ?だからもういーじゃん」
そう言って手を離してやろうとする
「だー!タンマタンマ!」
再び捕まる。
しょうがねぇなぁ・・・
この間の体が熱くなるような手の繋ぎ方とはまるで違う、しょーもない手の繋ぎ方で送り届けてやった。
3学期
1月も半ば、俺たちは相変わらず屋上手前の踊り場で昼休みを過ごしている。
相変わらずの光景、しかしほんの少しだけ変化がある。
"八幡くん私服改造計画"からしばらく、沙希は俺の考えを知ってか知らずか男子制服にも手を出し始めている。
これに関しては俺もどちらかというとノリ気な面があって、特に断らなかった。
沙希は相変わらず、最初に俺の所持物でスタートダッシュを切った。
結論を言うと、まず俺の制服がちょっとだけ沙希っぽくなった。
何だ沙希っぽくって。
男なら沙希に染まれってか?そんな文句の雑誌見た事無いわ。ガイアが俺にもっと腐れと囁いちゃうだろ。
そしてもう1つは・・・
普段ジャージで過ごしていた彩加が、制服で過ごすようになったのだ。
俺の次に手を入れらてたのは彩加の制服だった。
ま、流れ的には順当なものである。
制服はデザイン自体は特に変わらない。魅せ方が変わるのだ。
彩加は元々女顔負けな可愛さである事を知ってか知らないでか、"男の子らしさ"に憧れるフシが元々あった。
そんな彩加にとって、ちょっとカッコよくなった制服はたまらないものがあったのだろう。
何より、"友達"が作ってくれた服に袖を通すのが嬉しくて仕方ないのだろう。
おかげで俺が彩加を目に移す時のもにゃもにゃ感は格段にアップした。
ダウンじゃない、アップなのだ。
それにしても見事なのは沙希の手腕にある。
制服の丈や袖の長さを絶妙に調整し、スリムさを演出させつつも、気持ち程度体つきを良く見せているのである。
元々小柄な彩加はダボつく制服が男らしく見られないという点が、あまり好きではなかったようだ。
まぁそこに関しては、彩加は天使なので許される部分ではあるのだが。
普段殆ど制服姿の彩加を見た事が無かった俺にとって、今の彩加はまるで宝塚女優のようだ。
グッド!なんだかわからんがとにかくよし!その姿、待ち焦がれておりました!
「そういえば、新学期始まってしばらく経つけど・・・あの2人にはなんて言われたの?」
彩加に見とれているとふと、可愛い口からそんな質問が投げかけられる。
あの2人とは当然、雪ノ下と由比ヶ浜だ。
「クリスマスの時はあのままトンズラしちゃったしね」
沙希も気にしていたようだ。
だが・・・
「それが俺にもよくわかんねーんだよな。休み中は何故か連絡来なかったし。あ、いやどうせいつも連絡こねぇけど」
「そなの?」
「あぁ、それに部活始まったら始まったで、何故か小言少し聞いたら『小町ちゃんに免じて許してあげる』って」
そう、結局雪ノ下に聞いても、由比ヶ浜に聞いても、小町に免じて許してやるの一点張り。
小町に聞いても『お兄ちゃんは知らないままでいてくれる方がポイント高いかな~☆』と返された。
大志と材木座はあの直後の憂さ晴らしか何かにちょっと付き合った後、小町に追い出されていた。
「真相を知っているヤツらがちっとも口を開いてくれないんだ、なので真相は謎のまま」
「よくわかんないね・・・」
「ま、あんたの問題だし、小町がそう言ってるなら諦めな」
うーん・・・ホント何なんだろうか。
妙にあの2人はすっきりしたような感じするし・・・
あ、でも『ゆきのんにはクリスマスプレゼントだけじゃなく、誕生日プレゼントも渡しなさい』って迫られたわ。
そういえばもう1つ、変わった事がある。
それは・・・
「ヒッキタッニくーん!戸っ塚くーん!それとサキサキー!おっまたせー!」
「待ってねぇ」
「待ってない、あとサキサキやめろって何度も言ってるでしょ」
「あ、また来たんだね。いらっしゃい海老名さん」
そう、腐海のモンスター、滾る血液(鼻)のビート、海老名さんの襲来回数が激増した事だ。
「まーまー、そんなカタイ事言わずに。カタイのはヒキタニくんのジョイスティックだけでいいからさー」
「おい、俺ら一応飯食ってる最中なんだけど」
まぁ襲来回数が増える理由は判らんでもない。というか判りきっている。
彩加が制服になったからだ。
「あぁ戸塚くん!戸塚くんがやーっと制服着てくれるようになって嬉しいわぁぁぁ!サキサキにはほんっと感謝しないとね!」
「もう・・・恥ずかしいなぁ・・・」
「はぁ・・・サキサキをやめる気はないの?」
なんか、あだ名に関するゴリ押しさは由比ヶ浜以上だなぁ、海老名さん。
「沙希、ここはスルーする方法をとるべきだ。この手の輩は基本こっちが何言っても届かない」
「やれやれだね・・・」
海老名さんは俺たちから数歩離れた距離をキープしている。
これは鼻血射程圏より外に居る事で、弁当が血塗れになるのを未然に防いでいるのだそうな。
気遣いはいらん、そんな危険性があるなら最初から来ないでくれ。
「大体、あたしと八幡は最近それほど言い争ってないだろ?何でまだ撮影続けてるのさ」
「いやー、あれはあれですごい楽しいんですがー、目的はもっと別の所にありましてー、愚腐、愚腐」
おい、その笑い方やめろ。モビルスーツかあんたは。
マロン社の宇宙旅行にでも行っててくれ。
「もうねー、彩八はもうちょっと味付けが足りないかなーって今まで思ってたんだけどさー!」
「八幡、ミニグラタン作るの上手いよね」
「僕これ好きなんだぁ」
「おぉ、気に入ってもらえて何よりだぜ彩加」
「お互いが名前で呼び合ってからはもー何て言うの!?一歩リードって言うの!?やっぱ名前って重要ポイントよねぇー!」
「うん、僕も料理できるようになりたいなぁ」
「そだね。できる事は多いに越した事はないよ」
「おいおい、ますます俺ら頭上がらなくなっちゃうじゃん」
「もちろん見た目だって重要よ!?だからこそ制服にクラスチェンジした戸塚くんとの絡みが堪らなくてぇぇぇ!」
「おい、おいちょっと、海老名さん」
「やっぱり学生BLは制服シチュを押さえておかないと!はやはちと違ってそこが彩八に欠けていた部分!それが今学期から補完されて・・・え?呼んだ?」
そろそろ止めてやらねぇと噴出の危機だな。
実例だけでなく妄想で大噴火を成せるのが海老名さんだ。
「毎回動画撮ってるみたいだけど、殆ど海老名さんの叫びしか録音されてないんじゃねぇか?」
「・・・・・はっ!?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ふぅ~、ごちそうさま!」
この場で一口も食べてない人物から漏れた言葉がコレである。
「いや~今日は鼻血出さずに済んだよ」
海老名さんが俺たちの食事中に鼻血吹いて倒れる事はそこそこある。
彩加の弁当からおかずを箸渡しした時。
彩加が俺の頬に付いていたご飯粒を取った時。
彩加と俺が何気ない会話中に笑いあった時。
まぁ判っちゃいたけどこんなんばかりだ。
しかし鼻血こそ吹かないものの、食いつきがいいのは彩加絡みだけではない。
沙希が弁当のおかずを俺の弁当から盗んだ時。
沙希の弁当から俺がおかずを盗んだ時。
沙希としょーもない口論が始まった時。
どこが海老名さんの琴線に触れるのか、こんな感じの時に興味深そうに身を乗り出してくる。
つーかロクな事してねぇな俺ら!
「でも海老名さん、結構鼻血出してるのにピンピンしてるね」
「というかよく毎回そんな事になるね。どうやったら自前で鼻血出せるの?」
当然の疑問だ。
「え?出ないの?」
不当な回答だ。
「・・・出るの?」
不自然な振り方だ。
つーか俺に振るの?
「ややこしい事振りやがって・・・」
「いや、漫画とかだとこーゆーのって男側のポジションだと思うんだけど・・・」
「鼻血出るまでって相当だぞ」
ここは海老名さんを見るべきだ。
なんてったって実例だろ。
「うーん、こーゆーのは男女関係ないと思うんだけどなぁー」
いや、そんなどうでもいい証明はいらないよ。
「八幡」
なんだ?沙希が変な事に興味を持っちまったのか?
「鼻血が出るような事考えて鼻血出してみてくれよ、あたし見たい」
「無茶振りすぎるわ!」
うーん・・・鼻血が出るような事・・・
マジか?この状況で考えやすいのは・・・沙希しかいねぇ・・・
やってみる・・・か・・・?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「八幡・・・」
「さ、沙希・・・」
沙希は自分の服に手を掛ける。
"Armor Cast off"
え?何この効果音。
バッ!
沙希は上着を脱ぎ捨て軽装となり───
「ヒュッ!」
猛スピードで俺の目の前へ──
ガッ!
「うがっ!?」
──そのまま俺の顔面めがけて正拳突き!
「かっ・・・はっ・・・」
そのまま俺は鼻血を吹き出し・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・ちま・・・はちま・・・」
・・・ん?
「八幡!」
「大丈夫?ヒキタニくん。ちゃんとエロい事考えてた?」
「八幡、どんな事考えてたのかな?」
「・・・・・・・・・・沙希の事だよ・・・・・・・・・・」
鼻血どころじゃねぇ。
目玉まで飛び出るところだった。
「嘘つけ!なんか青い顔してるぞ!」
「八幡ほら、ジュース!ジュース飲んで!」
とにかくあれだ、俺の脳はまだピンクな思春期モードを扱いきれないのだ。
いいところまで行っても過去の経験が記憶を、いや妄想を捏造する。
「アハハ、まぁそろそろ時間もいい感じだし、教室戻りましょ」
「うん、片付けたら僕らも行くよ」
まぁなんにせよ俺が無事でよかった。
なんとか命繋がったわ。
「んで実際の所、俺がお前の想像で鼻血出せてたらどーよ?」
「そりゃドン引きだわ」
ですよねー
ある日の夜
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FROM 大志
TITLE nontitle
すいませんっす!お伝えするのを忘れてたっす!
明日は放課後ちょっと学校の用事で30分ほど遅れるっす!
----------------
----------------
FROM 八幡
TITLE Re
あいよー
小町や沙希はもう知ってんの?
----------------
----------------
FROM 大志
TITLE Re2
比企谷にはまだ伝えてないっす!
姉ちゃんは今風呂で、上がったら伝えるっす!
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FROM 八幡
TITLE Re3
小町には伝えなくていい
俺が伝えるからお前はおとなしく小町のアドレスを消せ
つーかまたそのタイミングかよ
お前は姉貴が風呂のタイミングでしかメールできないの?
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FROM 大志
TITLE Re4
ひどいっす!?
あ、そういえば風呂と言えば
最近姉ちゃん風呂上りにちゃんと服着るようになったっす
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FROM 八幡
TITLE Re5
へぇ
なんでまた突然
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FROM 大志
TITLE Re6
俺もわからないっす・・・
思い返してみれば2学期が終わる直前くらいからっす
最近になって気づいたっす
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FROM 八幡
TITLE Re7
お前が勉強に集中できるようにじゃねーの?
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FROM 大志
TITLE Re8
それだとありがたいっす!
これもお兄さんのおかげっす!
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FROM 八幡
TITLE Re9
変な言いがかりはよせ
俺が沙希の風呂上りについて矯正したみたいな言い回しはやめろ
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FROM 大志
TITLE Re10
間違いないっす!
姉ちゃん家に居ても話すことは決まっておに
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FROM 八幡
TITLE Re11
おい、おにって何だよ
鬼?鬼が出たの?
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FROM 沙希
TITLE nontitle
お待ちかねの鬼だよ
バカ八幡
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FROM 八幡
TITLE Re
よう、服は着たか?
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FROM 沙希
TITLE Re2
うっさい!
セクハラか!
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入試当日
「こうしてお兄ちゃんと2人乗りして通学するのも難しくなるねー」
「・・・そだなぁ」
今日はいよいよ高校入試。
行先はいつもと違い、2人とも総武高。
非常に不思議な感覚だ。
いつもは小町を中学まで送り届けるコースが、1本化されるとこうも変わってしまうのか。
2人乗りのまま高校へ入るわけにはいかない。
そもそも2人乗りがNG行為だ。
背中越しに小町の体温を感じる事は、もう無くなってしまうのか。
こんなこと言ったら絶対キモがられるからやめておこう。
「でも小町が合格したら、どうやって通学しよっか」
「おいおい、もう受かった気でいるのか?」
「勿論、講師がお兄ちゃん達だもん」
そーかよ。
「小町も自転車に乗ればツーリング気分かな?」
「おー、なかなか悪くねぇなー」
「今のお兄ちゃん的なポイントの高さはどのくらい?」
「10点」
「何点満点?」
「10点」
えへへー、と小町が背中にすり寄ってくる。
俺はもう暫く妹離れできそうにねーな。
校門まで2人乗りで行くわけにも行かないので、程よい距離で自転車を降りる。
そこで遭遇したのは、川崎姉弟だった。
「おはよ、八幡」
「おはようございますッス」
そうだよな、こいつらも今日はこうなるわな。
「お姉ちゃん、大志くんおはよー」
「おう、流石に寝坊できねーしな、今日は」
「うっさい」
そう言いながらも微笑んでくれている。
ったく朝からいい気分にさせやがって。
校門をくぐる。
2人はこれから総武高に入学するための試験を受けに行く。
そんな判り切った回答も、胸の中で反芻させてしまう。
「では、おにーちゃん!おねーちゃん!」
「ん?」
小町が1歩前に出る。
「2人はそこから見送ってもらえると、小町的にはすっごいポイント高いのでーす!」
「・・・あいよ」
「いってらっしゃい2人とも」
くっそ恥ずかしい行為も、今日は許してやろう。
不安が無いわけじゃないんだ、こいつらも。
ここで小さな我が侭聞いてやれないような兄貴じゃねぇさ。
「いってきまーす!」
「いってくるッス!」
2人の背中が遠くて、大きい。
「あんたもいい加減、妹離れの踏ん切りがついたかい?」
「さーな」
2人が校舎に向かって行くのを確認し、俺たちも歩き始める。
そこに意外な声が掛けられた。
「ヒキオ、川崎」
振り返る。
まさかこいつに声を掛けられるとは思ってなかった。
「ん・・・」
「三浦か、どした」
・・・?
なんというか、話しかけたのが俺たちだというのに、思ったほどトゲトゲしさを感じない。
「今の子たち、ヒキオの妹と・・・右に居たのは川崎の弟?」
「そだけど」
「そっか、総武高受けるんか2人とも」
その視線に感じたのは、女子どもの面倒を見ている時の視線。おかんの視線。
「ヒキオの妹は1度だけ見かけた事あったけど、あんたらの下は2人とも中3だったんね」
「まぁね」
「ちょっと話付き合ってよ、ヒキオが自転車置いてくるまででいいから」
そういって駐輪場を親指で指さし、歩き出す。
ん?つーか俺も付き合うの?
一体なんでこいつが・・・
「海老名、最近しょっちゅう昼にそっち行くっしょ?」
「あぁ、海老名さんしか来ないって事は、場所は秘密なのか?」
「まーな、少なくともあーしは聞いてない」
やっぱりそうか・・・
まぁ知られてもそれはそれで困るからいいんだけど。
「やたらと活き活きしてんよ、最近は」
「前はそうでもなかったの?」
「修学旅行終わったくらいは、表向きはとりあえず元気、って程度だったんよ」
・・・恐らく言ってないんだろうな。そりゃそうか。
三浦はなんだかんだで周りを結構見ている。
けれど時には見るだけじゃ判らない事もあるんだ。
海老名さんが自分から言い出さない限り、見る事はできないんだろう。
いや、俺も三浦の事そこまで知らんけど。
「あいつの趣味はある程度わーってるけど、今の海老名は別のモン見に行ってるみたいでさ」
「別の?」
「もうあんたら2人しかいねーっしょ」
ふむ・・・
まぁ若干気にはなっている。
確かに俺と彩加の事でいつもの鼻血が流れる事もあるんだが、俺と沙希にも結構食いついてくる。
「あーしはね、正直言うとあんたら2人はちょっと怖かったんよ」
「へ?」
「最初の弁当ん時よ、言ってる事は無茶苦茶だったけど、目はとても見てらんなかったわ」
いや、あれはさぁ・・・確かに俺はマジだった部分もあるけどさぁ・・・
沙希をチラっと見る。
案の定、ちょっとヘコんでる。一応本人が言うには演技だったらしいし・・・
・・・ウン、真相は闇の中にポイ。
「川崎にゃ枕で痛い目にあった後って事もあるし、ちょいとね、ビクついてたんよ」
あ、更にヘコんだ。
しかし何なんだ三浦のやつ・・・
「あん時と目つきは殆ど変ってねーのに、今はなんつーの?よく言い表せねーんだけど・・・そう感じないんよ」
「ま、どの道こいつの目は腐ってる上に、あんだけシスコンっぷり披露しちまったしな」
「うるへーよ恐怖のオーラバトラーめ、お前はどうせ大志から離れてもまだ次控えてんだろ。あと2回変身残してんだろ」
そういえば後から聞いたが、最初の弁当バトルの時、頑なに大志を引き合いに出してたのは小町と同い年だからという理由だ。
マジで最初から罠だったと思い知った瞬間だったぜ。こいつ何者だよ。
受験の事あってか、今でこそ大志につきっきりだったが、大志が入学して一安心してしまえば、次のフリーザ様となるのだろう。
「何が変身だよ、あんたは小町が入学しても離れそうにないけどな」
「離れるわけねーだろ、あんま俺を見くびんな」
「ほれ、そーやってるとこ。」
ん?
いつものしょーもないやり取りを控えめにやってると、三浦が指摘してくる。
え?こーやってるとこ?
「多分でしかねーんだけど、あんたらの表裏なさすぎる態度が気に入ってんじゃねーのかな」
「んー・・・実感ないなぁ」
「慣れすぎてしまったな、こりゃ」
「今だってあーしが居るのに完全に自分らだけで話てたじゃん。自由すぎんのあんたら」
そんなもんか?
「海老名もなんだかんだでムズかしー子なんよ。そこがおもしれーんだけどさ」
「よく見てんのね」
「流石はF組のおかんだわ」
「っ!だーっ!もー!そんなんじゃねーし!」
そう言って、踵を返して校門へ向かって行く。
駐輪場は目の前だ。
「あーしもちょっとだけ羨ましいんよ」
「へ?」
「受かるといーな、2人とも」
少し、考えてみる。
俺は今まで教室におけるカースト制度の最下層だった。
そんな俺を含む集団を、トップカーストの更に頂点に君臨する女王が"羨ましい"と言った。
「そんなもんかね?」
「さぁ?」
女王はもう1つ言っていた。"自由"だと。
もしかしたら俺たちは、今の俺たちは・・・そんな堅苦しい制度の外側にまで来たのかもしれない。
・・・んなわけねーか。俺の位置はいつだって変わってないさ。
最下層だろうが外側だろうが、俺の望んだ位置。
そんな事なんかよりも・・・
「んじゃ、とりあえず今日は祈っとくか」
「同感」
三浦の話を聞いている内に、俺たちの不安めいたものが軽くなっていた事の方が重要だった。
やっぱおかんだわ。あいつ。
昼休み
「まずは第1段階だなー」
「あの子たちの勉強見るのもひと段落かぁ」
「フフ、お疲れ様2人とも」
俺も沙希も午前中からダラーっとした感じ。
完全に気が抜けてる。やりきった男と女。
・・・ん?何か変だったな、今の。
ちゃんと午前中の授業でノート取ってたのを褒めてほしいくらいだ。
「彩加こそ。なんだかんだで俺らの妹と弟の問題なのに、最後まで付き合わせちまって」
「構わないよ。2学期の期末試験もおかげですごい良くできたんだよ」
「確かに同時にやってたしね、そう言われると照れるかな」
そう言えば彩加の成績がどのくらいかって知らないなぁ。
いや、直接聞くことはやめておこう。
これは遠慮ではない。俺の楽しみとして取っておくのだ。
彩加の成績は卒業するまで聞かない。
俺ってば徳とポイントの高い男だしな!
「つってもそりゃお互い様だろ。俺だって理系は今まで全捨てだったんだぜ?」
「八幡、記憶力はいいんだから数式とか覚えるの得意だと思うんだけどな」
「こいつは式の当て嵌め方がわかっちゃいないんだよ」
うるへー。
まぁ理系に限ればほんと教わってばかりだったので何も言えん。
しかもおかげで追試まで回避できたし。
「いいじゃないか、その代わり文系はほぼ全範囲こっちが見てもらったんだし」
「そうだよ、ほんとに助かったんだから」
「まー、そりゃそうだがね」
その辺は否定しない。
つってもこいつらは俺の理系と違って結構甘えた教え方でも覚えるの早かったし。
あれ・・・?これだと俺だけダメな子じゃね?
「あんたはほんと両極端な生き物だよ」
「こらこら、ぼく八幡、人間」
「八幡、あんな事言ってた割には教えるの上手なんだもん」
あんな事・・・あぁ、小町の件か。
いや俺としてはお前らに対しても甘やかした教え方だったと思うぞ。
本気で教えたら学年3位が3人になるくらいにはする。
「それでも受験勉強中は流石に甘やかさなかったみたいだな」
「そりゃ、あいつらはな。それも今日で終わりそうだけど」
「あ、試験は午前中で終わるんだっけ?じゃぁ2人はもう帰っちゃったかな」
居ないと判ると寂しいもんである。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
食事も終わり、片付けに入りながら彩加が聞いてくる。
「そういえば奉仕部って3学期入ってからどんな活動してるの?」
「あー、そうなぁ・・・」
基本的に暇つぶし=奉仕部活動だが、3学期は意外とそうでもない。
「城廻先輩の依頼がそこそこあるかな。生徒会の引き継ぎ期間だし」
「次期生徒会長って雪ノ下は立候補しなかったの?」
「あいつは一応勧められてたけど辞退したよ。そもそも奉仕部だから生徒会には入らないとさ」
つまりは今年も奉仕部は存在し続けるのである。
来年度は3年生だけの部になっちゃうよ?しかも3年生って途中から引退に入るしどーなんのさ。
・・・いやどうもこうもないか。
あの調子のまま3年生ラストまでのんびり行くんだろう、きっと。
「しかしまぁ、目立った事件も無いみたいで何よりさ」
「まぁなー。つっても3学期ってイベント特にないしよ。卒業式は流石に3年と教員側で段取りしてるし」
目立つ校内イベントが無いんで、目立つ事件も起こしようがない。
これじゃまるで俺がイベント毎に悪事を働く不良みたいじゃん。ちげーよ、そんなんじゃねーし!
「ま、あんたがまた変な事件起こしたら盛大に笑ってやるよ」
「・・・そりゃどーも」
「その代わりちゃんと考えて行動するんだよ?八幡。奉仕部だけじゃなくて僕たちにも話してね」
勿論だよ、わーってる。
そんな事になったらきっと本当に笑われるんだろうな。
それが堪らなく嬉しい。
その場面になったわけでもないのに、笑われると判っている事がこんなにも嬉しい。
「あとはそんなに目立つもんでもないが、恋人の浮気調査だのもあったな」
「なんか探偵みたいだね、バレンタインが近いからかな?」
クスクスと彩加が笑う。
そう言われてみればそうだな・・・
由比ヶ浜がコミュニティから情報を集め、俺がスネークして現場を押さえ、雪ノ下が有無を言わせず論破する。
勿論その後のご関係の方は、当の本人たちで何とかしてもらう。
来年から探偵部に改名するか?
しかしバレンタインか・・・
「・・・合格発表が14日なんだよなぁ」
「そうだね、あいつらには合格祝いとしてチョコやりたいところだよ」
「八幡にはあげないの?」
「・・・・・あ、あげるけどさ」
ボソッと言う沙希から目を逸らせない。
違うか、逸らしたくないんだ。
この一字一句、聞き逃したくもない。
「お、おいおい、彩加にもあげるんだぞ」
「判ってるよ!」
この気恥ずかしさ。どれくらいぶりだろう。
あれだけトラウマとなった昔の俺は、いつもこんな気持ちだったのか。
あぁ・・・変わってねぇな、俺。
「アハハ、じゃあ当日は合格祝いかな。八幡のお家でいい?」
「いいけど、もう受かった気か?」
「何言ってんのさ、あんたとあたしと彩加が講師だったんだよ?」
そーかよ。
2月14日
世間はバレンタインデー。
ちなみに今更言うまでもないが、俺は生まれてから小町からしかもらった事は無い。
普段であれば爆破念波をそこ等中にばら撒くが・・・
今年の合格発表は2月14日。
今日の2時には合格者が張り出される。
そんな中で俺は授業なんて受けてられるのか?
「もー、お兄ちゃんがそんな不安がってどーすんのさ」
ごもっともだ。
「そのおかげで小町は逆に気楽なんだけどなー」
「それを目的として不安がってたんじゃねぇよ」
「まーまー、今日はバレンタインだし、帰ったらチョコあげるからさ!」
「へぃへぃ」
ま、これで小町の不安が消えるなら安いもんだ。
「とりあえず今日が終わったら家に集まるそうな」
「おー!合格祝い&バレンタインですなー!彩加さんと大志くんにも渡さなきゃだしねー」
こっちもこっちで完全に受かった気でいやがる・・・
しかも大志にまで・・・だと!?くっそ!許せねぇ!・・・いかんいかん。
あいつだって一緒に頑張ったんだ、丸坊主にするくらいで許してやらねぇと。
中学の前まで着く。
「それじゃお兄ちゃん、発表の時会えたら総武高でね!」
「あいよー、番号見つけたらメール寄越せよ」
「うん!」
さ、俺も戦地に向かうか。
今から2時過ぎまで、拷問とも言える時間に身を投じに。
午後:現国
3学期も半ばを過ぎると、はっきり言って授業で教える事はもう殆ど無い。
私の受け持つ授業も例外ではなく、小テストと題したプリントを配り教壇に戻る。
時刻は2時過ぎ。今日は受験生の合格発表の日だったな・・・
チラリ、と窓の外を見る。
合格者が張り出され、結果を見に来た未来の生徒たちが集まってきている。
早い者はもう自分の番号を見つけている頃か。
生徒たちに目を戻す。
真っ先に目に入ってくるのは、愛すべき煩悩の塊である2人。
ふふ・・・判りやすいヤツらめ。
2人とも打ち合わせでもしたかのように、ソワソワと机の下で携帯を見ている。
こんな所だけは似ているんだな。
自分たちも子供でありながら、まるで親のように振る舞ってきた2人。
環境もあっただろう。責任感もあっただろう。何より愛おしさがあったのだろう。
私が君たちを愛おしく思うように。
時刻は2時10分。
ブルッ・・・
川崎の携帯がマナーモードの振動を響かせる。
見開かれる目。
緩む頬。
そして安堵の溜息。
まったく、君はそんな顔もできたんだな。
ブルルッ・・・
もう1つの振動音。比企谷に目を移す。
見開かれる目。
緩む頬。
そして安堵の溜息。
君たちは本当に打ち合わせでもしたんじゃないか?
生徒たちの殆どは、まだ小テストに目を向けている。
良く見ると手を止めているのはこの2人だけだ。
周りなんて一切気にせず、2人は顔を合わせてニヤけている。
何があったのか丸わかりだよ・・・仕方ない。
「オホン、まぁ外のこんな様子だしな。終わったものから静かに出て行ってもいいぞ」
ガタッ
ガタッ
・・・2人は立ち上がり・・・
カツカツカツ・・・
カツカツカツ・・・
・・・一直線に教壇に向かい・・・
スッ
スッ
・・・迷いなく解答用紙を提出した。
想像通りの展開に笑いが出そうになる。
本当に終わらせていやがったこの2人。
そのまま扉を開き・・・
ガッ!
2人同時に出ようとするもんだから、つっかえてしまう。
そのまま睨み合い。
・・・クックック。いつぞやの弁当騒ぎとやらもこんな感じだったのか?
その場に居れなかったのが悔やまれるってもんだ。ククク・・・
「2人とも、ゆっくりと出て行きなさい」
振り向き、頷き、ゆっくりと扉を潜り・・・猛ダッシュする足音が聞こえた。
バカどもが・・・
教室からクスクスと笑い声が聞こえる。
笑いたいのは私も一緒だ。
ふぅ・・・やれやれ。
いつか図書室で聞いた川崎の言葉をゆっくり思い出していく。
彼女の出した答えは、少なくとも・・・私では出せなかったものだろう。
比企谷が傷つくことで、痛ましく思う者が居る。それは事実だ。
だが彼女は、それこそが比企谷の考えたやり方だと認め、そのままの彼を受け入れるという選択を取った。
家族を想って行動してきた彼女だからこそ、選べた選択。
カタッ
誰かが立ち上がる音がする。
見ると、戸塚が解答用紙を提出してる所だった。
ペコリ、と一礼すると、彼もまた教室を去って行った。
少しだけ戸塚の話も出ていたな・・・彼は『強い』と、そう言っていた。
彼自身の話を聞いたわけじゃないが、比企谷はとんでもない連中に目を付けられていたようだ。
フフ・・・惜しいなぁ、もっと早くに気づいていれば、奉仕部に誘ったかもしれん。
とんでもないダークホースだ。
比企谷が傷つく方法を止めるのではなく、比企谷が負った傷を癒してくれる存在、支えてくれる存在か。
まるで家族だ。
家族だとすれば、誰かが間違えば止めるはずだ。
なるほど、そうやって回っているのか彼らは。
私が比企谷に、変わって欲しいと願ったのは間違いではないだろう。
同時に、彼女たちが比企谷に、変わらなくていいと思ったのもきっと間違いではないと思うのだ。
どちらの考えも、私は好きだ。
彼が変わる未来も見たいし、変わらない未来も同様に見たい。
それもそうか、人の数だけ答えがある。
教師は生徒に教える立場だが、生徒から教わる事もたくさんある。
全く罪な男だよ君は。
教師である私が、個人である君にここまで考えを巡らせるとはね。
とんだ問題児もいたもんだ。
職員室
俺は平塚先生に呼ばれていた。
別に説教と言うわけではない。ちょっと話に付き合ってくれ、だそうな。
「君の妹の事だ。ここで言うのは少々フライング気味だが、おめでとう。君も・・・君たちもよく教えていてくれたそうだな」
「えぇ、ありがとうございます」
はっきり言って、今の俺はニヤついている。
鏡なんて見るまでもない。
「川崎と戸塚も交えて話したかったが・・・川崎はともかく戸塚は部活を邪魔するのも悪いしな」
「あの、俺も一応部活あるんですけど」
「その部活の顧問が私だろ?それに、今にも部活休んで帰りそうな顔してるぞ」
バレたか。
「フフ、まぁ無理もないだろう。休むんであれば2人には自分で伝える事だな」
「え?いいんですか?」
「今の君を止める気には到底なれん。それに合格祝いをしてやるのも奉仕の一部さ」
「・・・うぐ」
「だから私から言ってやろう、新たな新入生たちを祝いに行ってやりなさい」
まさか担任直々にOKが出るとは。
「ハハ・・・そうさせていただきます」
「フフ・・・話は以上だ、行きたまえ」
「はい、失礼します」
職員室を出る。
そこには待ち構えるように沙希が居た。
「だらしない顔だね」
「お前が言うな」
完全に緩みきった顔をしている沙希を見る。
あぁ、今の俺も絶対この顔だわ、間違いないわ。
「とりあえず俺は奉仕部に顔出してくるわ。お前は?」
「それじゃあたしは一旦帰るよ。大志は他に報告する友達とか居るみたいだから、直接あんたの家で合流するっぽいよ」
渡り廊下に差し掛かる。
沙希は校門へ、俺は奉仕部へ。
「りょーかい。それじゃまた後でな」
「あ、ちょっと待ちな」
振り返ると、沙希は鞄から紙で包まれた箱を取り出す。
「は、はい、チョコレート」
「う、おぉ、これが・・・」
一瞬本気で忘れていた。
小町たちの合格発表の事も当然あるが、そもそも学校で貰う経験が無かったしな。
前もって渡されると知っていても緊張する。
「小町以外からもらうのは初めてだわ、義理も含めてな」
「ハハ・・・実はね、あたしも弟たち以外に渡すのは初めてだったりするんだ」
なんてこった・・・ブラコンを極めし者だった。
まぁでも想像できないでもない。
こいつはこいつで、他の誰かに渡す余裕なんて無かったんだろう。
「今日はもう誰かから貰ったかい?」
「貰う訳ねーだろ、俺を誰だと思ってるんだ」
「雪ノ下と由比ヶ浜はあげると思うけどな」
む・・・
「ふふん、それじゃあたしのがあんたの人生で初めて、妹以外のチョコだね」
「ま、まぁ・・・そ、そうなる・・・な」
言葉にされると思わず照れくさくなる。
そうか・・・これが初めてか・・・
と、思っていると沙希はもう1つ、小さな一口大サイズのチョコが入った透明な袋を取り出す。
なんだ・・・?
「これはね、今あんたに渡したのと一緒に作ったやつ。つまり同じチョコ」
言うや否や袋から取り出し───
ひょい
っと、俺の口に押し込んだ。
「んんんんっ!?」
チョコの甘さが口中に広がる。
なんだ?何をされたんだ?今。
突然の事過ぎて、口の中にチョコがあって、喋りだせない。
「これであんたが今年一番最初に食べたチョコも、あたしのだ」
「んんんっ!?」
刹那、脳裏によぎる光景。
いつか、クレープを食べてた時の光景。
あの時もこうやって、落ちそうになったリンゴをキャッチして俺の口に・・・
「あの時、あんたがクレープに目線を戻した後あたしが何したか教えてやるよ」
指先を見せる。
少しだけ指先についたチョコを、
ペロッ
っと舐めとった。
「んんっ!?」
「じゃ、じゃあな八幡!また後で!」
そう言って駆け出す。
ようやく、俺は口の中のチョコを食べきる。
「ず、ずりぃぞーーーー!沙希ぃーーーー!!」
「ハハハハハ!」
くそぅ・・・先制攻撃とは、やられたぜ!
・・・・あ、やば。
・・・・ドキドキしすぎて動けない。
気を取り直せ八幡。
とりあえず奉仕部で今日は帰る旨を伝えてしまおう。
コンコン。
「よ、よぉ2人とも・・・」
い、いかん・・・頬に力が入らない・・・
「あ、ヒッキー」
「全く、完全に緩みきった顔ね・・・何があったのかは丸わかりだわ」
や、やばい・・・バレバレだ・・・っ!
ど、どうする!?
「そりゃぁヒッキー、授業中に飛び出しちゃうくらいだもん。あ、沙希もか」
「ふふ・・・おめでとう。それとお疲れ様とでも言うべきかしら」
あ、そうだよ。今の俺は小町が合格したことにニヤけているんだよ。
よし、大丈夫。このまま緩んだ顔を維持してしまおう。
「あ、あぁ・・・そんなわけだしよ・・・今日の活動はだな・・・」
「判ってるわ。合格祝いをしに帰るのでしょう?」
「それも奉仕活動だしね!こっちの方は任せて!」
あの顧問にしてこの生徒あり。
どうやら放任主義のように見えて、平塚先生はしっかり顧問としての役割を全うしているようだ。
「でもその前に・・・ヒッキー、今日はもう1つのイベントがあるでしょ?」
「え?お、おぉ・・・」
2人は紙に包まれた箱を取り出し俺の前へ来る。
そういえばすぐ撤退するつもりだったからまだ部室に入ってなかったんだった。
「はい、その、バレンタインのチョコ、だよ。エヘヘ・・・」
「受け取ってもらえるかしら」
ものすげぇ真っ直ぐ言われた。
ったく少しはこいつらを見習えよ沙希。
ま、でも俺とこいつらがここまで関係を修復できたのも沙希のおかげでもあるし・・・
「あ、あぁ。ありがとな」
「ちゃんと小町さんに渡してあげなさい、私からの合格祝い」
「そっちかよ!」
・・・沙希のおかげでもあるし、不問にしておこう。
「ね、ヒッキー」
「ん、なんだ?俺はそろそろ行くけど」
「沙希からもうチョコ貰ったでしょ?」
・・・なぜ知ってる。
「更に言うと、川崎さんからのチョコはもう食べたようね。それもさほど時間が経ってない」
・・・な、なぜ知ってるんだ!?
「はぁ・・・ヒッキー。口元、チョコついてるよ・・・」
「!?」
ま、まさかあの行動は・・・隙を生じぬ2段構え!?
柔の拳の使い手かよぉ!
「じゃ、じゃあな!」
俺は一目散に去った。
ちっくしょぉぉぉぉ!沙希ぃぃぃぃ!!
「もう!ヒッキー!・・・まったく・・・」
「こればかりはどうしようもないわね。流石は川崎さんと言ったところかしら」
「ふふ・・・そうだね」
沙希め、きっちりマーキングして行きやがって・・・
どうやって仕返ししてくれようか・・・
そう、小町たちが合格した時点でもう何もしがらみは無いんだ。それは沙希も同じだ
たまたまバレンタインデーだったから女子である沙希が先手を取れたんだ。
今日と言う日は確かに男子である俺には不利な状況だが、できる限り落ち着くんだ。
良く考えろ、今の俺の状況はどんなだ?
あいつに対してだけは期待に胸ふくらませていた多感なあの頃の俺なんだぞ今は。
言うなればディスク3に突入したFF7だ。飛空艇で無駄にテンション高い指示を出すんだ。
言うなれば本当の自分と合体したDQ6だ。結局喋らないじゃねーか!
ふぅ・・・とりあえず無駄な思考を駆け巡らせて落ち着く事はできた。
そうだ、今更溝を作るなんて無理だ。もう内側に入り込まれている。
仮に作れても飛び越えてくる。そもそも作る気も無い。
最強の守備力で固めていた比企谷くんも、防具の内側はぬののふくな八幡くんなんだ。
防御力なんて無きに等しい。今の俺は攻めるしかあるめぇて。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
今日はどうせ夜まで騒ぐんだろうと思いスーパーに寄って帰ってきた。
結局部活やってる時と同じ時間じゃねぇか。
まぁいい、騒ぐにはちと冷蔵庫の中が寂しいところだったんだ。
準備のための時間を得られたと思えば問題じゃない。
「ただいまー」
「おー、おかえりお兄ちゃん。買い物してきたの?」
トタトタと小町が駆け寄ってくる。先に帰って来ていたようだ。
もうこいつも高校生になるんだなぁ。早く制服姿が見てみたいぜ。
制服、改造されるんだろうなぁ。他ならぬコイツ自身の手で。
沙希から伝授された拳法・・・じゃなかった教わった裁縫で。
「おぉ、お祝いするには、チトうちの冷蔵庫の現状じゃスペック不足だしな」
「そうだそうだ冷蔵庫、ちゃんと冷やしておいてありますよー」
そう言って、俺の手からスーパーの袋を手に取ると、またトタトタとキッチンへ向かって行く。
慌ただしいやっちゃな。
さほど間を置かずに・・・
「はいお兄ちゃん、バレンタインチョコ&今までのお礼でーす」
「おう、お前も頑張ったな、おめでとさん」
「へへへへ~」
何はともあれ・・・本当にお疲れさん。
お兄ちゃんもようやく気が楽になったってもんだよ、ホント。
「それでそれで~、お兄ちゃんどれくらいチョコ貰いましたかぁ~?」
「去年までなら絶対に聞かなかった台詞だな・・・それ」
だってその台詞、俺の傷を抉るだけだし。
はぁ・・・まぁ今年の俺には色々あったからな。不思議なもんだ。
「お姉ちゃんは誰より早く渡すでしょ?それから雪乃さん結衣さんがくれて、小町のぶんで4つと見た!」
「・・・そーですよ」
順番までバッチリですよ。
ここまで来るとサトラレ疑惑がいよいよ説得力を持ってきた。
もしくは俺の目は知らないうちにカメラに改造されてるのでは?腐ったのはその後遺症。
「うーんまさにミラクル!お兄ちゃんお兄ちゃん!貰ったチョコ全部持ってみてよ!写真撮りたい!」
「やめなさい、やめてください」
「え~、小町もお姉ちゃんみたいに、色んなお兄ちゃんの写真収めたいよぉ~」
「あれは真似するんじゃありません!」
そう、沙希の携帯は日に日に俺の写真が増えてきているのだ。
7割くらいが俺のマヌケ面やドジってるところの写真というのが非道ぃぃ!
その辺の妙ちくりんな手癖だけは伝授させてはならない。
「いいじゃんいいじゃん、お兄ちゃんの激レア写真撮りたい!」
「おい、俺そろそろ鞄置きてぇんだけど・・・」
ぴんぽーん。
すぐ後ろでチャイムが鳴らされる。
あ、そう言えばなんだかんだで結構いい時間だったんだ。
「はーいどうぞー」
ガチャ
「こんばんは。あ、八幡もう帰ってたんだね。おかえり」
「おう、彩加もお疲れさん」
部活を終えた彩加が訪ねてきた。
てことはそろそろ沙希を呼ばないとな。
まだ仕返し考え付いてねぇぞ・・・
「あ、彩加さーん、お待ちしていましたよ!丁度来る頃だと思ってたんですよー!」
そう言って小町は1歩前に出て・・・
「はい彩加さん。バレンタインチョコです。いやー、お世話になりました!」
「あ、うん。ありがと小町ちゃん!」
その時、八幡に電流走る。
う・・・お・・・小町がチョコを渡している・・・
さ・・・彩加が小町からチョコを受け取っている・・・
この光景、目の前のこの光景・・・八幡的にダブルショッキング!
「さ、さ、沙希を迎えに行ってくるぅぅぅぅ!」
「あ、お兄ちゃん!?」
本日二度目の激走。
「お兄ちゃんどうしたんだろ?鞄も置かずに」
「沙希ちゃんなら電話すればいいのに・・・」
川崎家
なんだろうこの光景は。
「兄ちゃん!兄ちゃん!」
「アハハ!変な目!変な目!」
「・・・・・」
八幡が複雑そうな顔をしながら、弟と妹にイジられている。
いや、イジられているのは判る。
たまにこいつも家に来るけど、決まってこの2人にイジられている。
八幡の方もなんだかんだで小さい子に対しては面倒見がいいのか、遊んでやってくれている。
問題は八幡の方だ。
「さ・・・沙希ぃぃぃぃぃ・・・」
とんでもなく情けない声が絞り出すように発せられる。
さっきはやりすぎたか?
確かにアレは今日という日を最大限に活かした渾身の一撃だったと思う。
・・・すっごい恥ずかしいが。
いや!理由はあるんだ!あたしだってこの手の行動は全くのド素人なんだ!
だから前々から散々頭の中で繰り返し練習してたんだ!
何なら夢の中ですら予行演習してたまである!
・・・誰に言ってるんだ、これこそ恥ずかしいよ。
「あー、ほらあんたたち。そいつはあたしの客だから、そろそろ離してやりな」
「「はーい」」
「・・・沙希ぃぃぃぃぃ・・・」
「だー、とりあえず部屋に来な、ほら」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「で・・・そのままあたしん家に駆けこんだってわけ?」
「・・・そです」
なんというか・・・こいつらしいと言えばこいつらしい。
忙しいヤツだねあんたも。
「ったく・・・あんた、彩加と小町のどっちにヤキモチ妬いてんの?」
「どっちも!」
呆れるほど正直だ。
「今後どうなるかはともかく、あの2人はまだくっつくような感じじゃないと思うよ?」
「・・・そうなのか?」
今の所は、だが。
少なくとも現状だと、小町の妙な気の回し方をした際に彩加を八幡から引っぺがしているに過ぎない。
おかげで最近じゃ大志も連携してくるようになった。
余計なお世話ばかりしやがって・・・そんな気回さなくたって・・・
「とにかく八幡、冷静になってみな」
「おう、なってみる・・・」
「間違い探しは得意だろ?仮にあの2人がくっついたとして、それは間違いか?」
八幡は今まで間違えだらけだった分、冷静にさえなればしっかり判断できるヤツだ。
だからこうやって1つ1つ間違い探しをさせるんだ。
「いや・・・大丈夫だ、うん、間違いじゃない・・・」
「そうそう、そうやって落ち着いて答えてってみな。んじゃ、あたしのさっきの不意打ちは?」
「ありゃ間違いだろ、おかげ様であれから殆ど冷静な判断できてねぇ・・・」
「ハハハ、悪い悪い、ちょっとやりすぎたよ」
1つ1つ、ゆっくりと。
「というか、チョコわざと口元に残しただろ!?びっくりしたわ!」
「バレたか・・・」
いつもの八幡に戻す。
「それじゃ、あたし達の勘違いをやり直ししたのはどう?」
「間違いじゃない。うん、大丈夫だ」
「その調子」
うん、大丈夫だ。
「じゃあさ・・・」
あたしは・・・
落ち着きを取り戻したこいつの顔に手を添え・・・
こっちを向かせ・・・
「!?」
そのまま唇を奪った。
・・・それほど間を置かず、そっと離す。
そして聞いてみる。
「あたしの行動は・・・間違い?」
聞いてみる。
あんたはどんな返事をする?
「ま・・・」
頬を染め・・・それでも真剣な眼差しで・・・
「ま・・・・・」
さっきあたしがしたように、あたしの顔に手が添えられる・・・
「・・・間違ってる」
その言葉を聞くや否や、あたしの唇は逆に奪われていた。
・・・再度、唇はそっと離される。
「じゃ、じゃぁ・・・答え合わせ・・・どこが間違ってた?」
・・・
「こ、こうゆうのはな・・・先に惚れた方から仕掛けるもんなんだよ・・・」
「え?」
予想外の回答。
予想外という事が、予想通り。
まだ、八幡は語り続けている。
「ほ、惚れた方が負けって言うだろ?俺はな、負ける事に関しては最強を自負しているんだ・・・」
「・・・」
「だから、な、その、お前から仕掛けてくるのは・・・間違ってる」
とんでもない答えが返ってきた。
あたしより早く・・・あたしに惚れていたって?
「あいつらの合格発表があって、やっとしがらみが無くなって、だけど今日はバレンタインで・・・」
「・・・」
「ったく、男側に厳しい状況になりやがって」
「・・・」
「し、しかも俺が混乱している時に・・・更に不意打ちを重ねてくるとは・・・」
「・・・ッハハハ」
なんだい。
あんたも同じ事考えてたのか。
ククク・・・悪いね。
「でもあんたの方が早く惚れてた保障がどこにあるのさ」
「あるさ」
「なら・・・い、いつから?」
「決まってるだろ・・・やり直しを言われたその瞬間からだ」
!?
「いいか、俺はな・・・」
八幡は目を逸らさない。
「雪ノ下の気高さに幾度となく憧れた事がある」
「・・・」
「由比ヶ浜のアプローチに幾度となく心が揺れた」
「・・・」
「平塚先生を本気で貰ってやろうと思った事だってある」
「・・・」
「でもな・・・お前に負けて、やり直しを言われた瞬間から、女の子の事はお前しか考えられなくなっちまったんだよ」
「・・・ハハ」
「俺にこんな・・・こっ恥ずかしい事まで本音を言わせるようになりやがって・・・」
そうだ、やり直しをしたんだよ。
それまでのお互いの思いを一度リセットして、再スタート。
その瞬間からだなんて・・
「馬鹿じゃないの・・・あたしだってやり直しの瞬間からだよ・・・」
「うるせ、俺はやり直しの"し"言い終わる前には既にベタ惚れだったよ・・・」
ほんと、こいつは・・・
そうやって、間違いに対して更に間違って、負い目を感じさせないようにする。
だから今まで痛い目見てきたんじゃないか・・・
でもね、あたしは遠ざかってなんてやんないよ。
「わかったよ・・・フフ」
だから言おう。
見つめあったままの、この距離で。
「あんたの負けだな」
「あぁ、俺の負けなんだよ」
「・・・ハハハ」
「・・・ククク」
間違いだらけのバレンタインデー。
間違いだらけのキス。
間違いだらけの・・・青春。
すぅ・・・と、同時に息を吸う
もう、何を言うかは判っている。
だから最後を締めくくる愛の告白も・・・
やはり、あの"間違いだらけの台詞"に、ありったけの"本音"を乗せて・・・
「サンキュー!愛してるぜ沙希!」
「サンキュー!愛してるぜ八幡!」
まるでコメディ。
とんだラブコメ。
やはりあたしの青春ラブコメは間違っている。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
今になってようやく恥ずかしさが襲ってくる。
いや、さっきだって十分すぎるほど恥ずかしかったんだけどさ。
それは八幡も同じようだ。
腐った目が今にもぐるぐると回りそうだ。
でも・・・少しだけこの沈黙は心地いい・・・
ブブブブブ・・・
「「!?」」
沈黙の中だったからか、マナーモードにされた八幡のスマホの振動音ですら大きく聞こえる。
「も、もしもし!?」
『お兄ちゃん遅いよ!もう大志くん着いちゃったよ!?』
「あ!わ、悪い小町!」
音量大き目なんだろうか、小町の声があたしにまで聞こえてくる。
そ、そうだった・・・こいつはあたしを迎えに来ているんだった・・・
『もう!ホントにお祝いしてくれる気あるの!?・・・あ、もしかして小町たちを置いて2人でイチャイチャ?』
「うが・・・」
『・・・え!?えぇ!?ま、まさかほんとにぃぃぃぃ!?イヤッホォォォォ!お祝いの内容が1つ増えちゃったよ~!』
「あ・・・ぐぁ・・・ちょ、ちょっと待て小町・・・」
ま、丸聞こえなんだけど・・・
しかも追い打ちを掛けるように『マジで!?やったぜ姉ちゃん!』なんて声まで聞こえてきた。
ええい!もう引き下がれるか!
「は、は、八幡、代われ!」
スマホを奪い取る。
「も、もしもし?小町?」
『お姉ちゃぁぁぁぁん!遂に!遂にやり遂げたんですねぇぇぇぇ!ホントのお姉ちゃんになるんですね!』
「あ、ハハハハハ・・・その・・・」
『うんうん判ってるんですよー、小町たちが合格するまで待っててくれたんですもんね!』
全部バレてた。
「全部バレてた・・・」
八幡、言わなくていいから・・・
『それでそれで!どっちから仕掛けたんです!?』
「え・・・う・・・っと・・・仕掛けたのはあたしだけど・・・惚れただのなんだの・・・そういうのは八幡が先・・・みたい」
「だー!ちょちょちょっとぉ!」
うっさい、これくらい言わせな。
『な、なんと・・・お兄ちゃんがそこまで・・・ヒャー!こりゃ三日三晩の宴じゃ済まされないなぁー!』
「フフ・・・それほど意外でもなかったんじゃないかな」
「・・・」
とうとう八幡は沈黙を選んだ。
『あ、ちょっと待ってくださいね。彩加さんと代わります』
「え、えぇ?彩加?」
「?」
なんだろう?
『もしもし、沙希ちゃん?八幡もそこに居る?』
「う、うん」
『アハハ・・・沙希ちゃん、言った通りだったでしょ?』
「え?」
言った通り?
彩加に何を言われたっけ・・・
『八幡はもう沙希ちゃんを放っておかない、って』
「「!?」」
え・・・ちょ、ちょっと・・・?
それっていつ?思い出せ・・・
"ううん、八幡はもう川崎さんを放っておかないよ"
この台詞、どこかおかしくないか?
だってあたしの事『川崎さん』って呼んでる・・・
ってことは、呼び方が『沙希ちゃん』に変わる前・・・直前・・・
「「えええええええええ!?」」
『沙希ちゃんの見方が変わってたもん、すぐ判ったよ』
「すぐ判ったって・・・だってあの時って・・・」
やっぱり彩加は強かった。もうあたしたちじゃ敵わない。
『でもこっちも準備しちゃったから、ちゃんと来てね?』
「う、うん!それは勿論!」
『待ってるよー、それじゃまた後で』
ツー・・・ツー・・・ツー・・・
「・・・おいおいマジかよ彩加、もうそれスーパーサイカ人じゃん」
「こ、これ以上待たせても悪いし・・・い、いこっか・・・」
ほんとにもう、どんな顔して行けばいいんだよ・・・
・・・いいか、堂々と行こう。
「そだな、流石にこれ以上ダラダラしてたら祝う時間も無くなっちまう」
「フフ・・・一応平日だしね」
「どーする?手でも繋いで行ってやるか?」
そうだね・・・
「思い切って腕組んで行こうか」
「仰せのままに」
新学期
遂に高校生。
新しい机の感覚は心躍る。
これから1年この机にはどんな事が詰め込まれていくのかと、期待に胸ふくらませる。
ん~!やっぱ高校生って感覚はこそばゆくていいな~☆
以前お兄ちゃんがこんなことを言ってた、"高校生活はフィクション"だと。
でもそのフィクションっぷりがたまらないんですよ。
あるがままのスタイルでフィクションばりの存在となった兄を見てるとそう思うのだ。
「比企谷さん、比企谷さん」
「はい?」
隣の席の女子に声を掛けられる。
「比企谷さんて、隣のクラスの川崎くんと仲いいの?」
「あぁ、それ私も気になってたんだー」
前の席の女子が振り向く。
この手の話題には食いつきがいいなー、ホント。
なんてったってここに居る全員は入学して間もないのだ。
右も左もままならない状態で、既に仲良くおしゃべりしている男子と女子が居たらそりゃ話題にしたくなる。
「あー、うん。大志くんの事?」
「そうそう、既に名前で呼んでるし!」
「いやー、別に小町と大志くんは皆が期待するような関係じゃないんだよー」
大志くんとは今までもこれからもオトモダチです☆
「と言うと?」
「実はね、大志くんのお姉ちゃんと、小町のお兄ちゃんが仲いいの!そりゃもーべったりですよ」
「・・・比企谷さんの・・・お兄さん?」
「・・・あ・・・その人って・・・」
そう、実は小町が総武高に入学してすぐに・・・
1年生の間ではお兄ちゃんは話題の人物になっていた。
誰が流したのか、お兄ちゃんに関する謎の噂が・・・1年生の間で流行っていた。
奉仕部
「・・・あぁー・・・」
目の前で頭を抱える男が1人。
部室に来たときから既にこんな感じだ。
机に突っ伏し、頭を抱え、困ったような唸り声をぼそっと吐き出している。
原因は彼、比企谷くんの噂にある。
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比企谷八幡に関する噂
1つ、彼の目は腐っている。
普段はやる気の無さそうな、まさしく死んだ目をしている。
しかし本気で睨まれると、たちまち石のように動けなくなる。
その目は睨まれた者にトラウマを植え付ける。
1つ、暴言・暴挙はお手の物。
彼の口から発せられる言葉はまさしく言葉の暴力。
一言話を交わした者は瞬く間に自身のトラウマを読み取られ、的確に指摘される。
その行動は文化祭を引っ掻き回し、体育祭では反則すら持ち込んだ。
1つ、しかし彼の存在を確認した者は少ない。
これだけの騒ぎを起こしているにも拘らず、目撃情報が殆ど無い。
突然なりふり構わないような事をしでかして、忽然と気配を消す。
どこかに引き籠っているのではないか?
そんな彼は、その名前から取って"ヒッキー"と呼ばれている。
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「ネッシーかよ俺はぁぁぁぁ!!」
彼は今、1年生の間ではさながら珍獣扱いであった。
「あら、良かったじゃないの新入生のアイドルさん。文化祭の時とは違って人気者じゃない」
「よくねーよ!誰だよこんなワケのわからない噂流したヤツぅ!何だよこのユカイツーカイな怪物くんは!」
吼える。
いや彼の場合は吠えるか。
「あ、あははは・・・でもほら!『キモい』とか『ぼっち』って単語は入ってないじゃん!」
「だから何だってんだ!お前は慰めてるのか傷口抉ってるのかどっちだよ!」
「あら、由比ヶ浜さんは今でもちゃんと料理の勉強はしているのよ。今回は調味料を選んだだけよ」
「傷に塩か!?」
本当に、誰が流したのかしら・・・
「だいたいこの名前!由比ヶ浜しか使ってなかったじゃん!お前か!?犯人はお前か!?」
「そ、そんなわけないでしょぉ!」
コンコン。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
「ククッ・・・し、失礼します・・・」
笑いを堪えるように入って来たのは、川崎沙希さん。
こんな話題の人物である比企谷くんの・・・恋人。
不思議なものだ。
「いらっしゃい川崎さん、本日は依頼かしら?」
「あぁ・・・今1年生の間で噂の・・・ククク・・・人物を探すのを手助けして欲しくてね・・・クッククク・・・」
「・・・うぐぐ・・・ぐ」
恋人・・・なのよね?
「ふふ・・・えぇ、その依頼、喜んで引き受けるわ」
「うっがぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぷっははははははははははははは!!もういい!もう解決!ありがと助かったよあはははははははは!!」
全く遠慮なしに大笑いし始めた。
本当に、不思議なものだ。
不思議な関係。
「だってこんな・・・こんなバケモンみたいな噂の人物が、ははははは!こ、こんなヤツ・・・あははははは!」
「だぁー!沙希ぃぃぃぃぃ!!」
川崎さんはそのまま部室を去っていく。
「おいちょっと待て!待ちやがれ!待ってぇー!お願いだから!」
「あ、ちょっとヒッキー!部活は!?」
「こっちはお前らに頼る!俺は沙希を追う!」
そして比企谷くんも部室を出て行った・・・まったく。
こんな時に頼られたって・・・
そして入れ替わるように・・・
「入るぞー、ったく担任の目の前で堂々とサボりおって・・・」
「先生、ノックを」
「扉が開きっぱなしだったんだよ」
そう言って入ってくる。
目の前でサボりが発生した割に、穏やかな表情だ。
「噂は私の所にも届いているよ」
「ホント、誰が流したんだろ?新入生が入ってくる絶妙なタイミングだったし」
そうね・・・手馴れてるのかしら?
「さーなぁ。まぁしかし、"上手く"やってくれたもんじゃないか」
「先生はご存じで?噂の根源を」
「私は何も知らないさ」
フッ・・・と微笑むように、どことなく嬉しそうな表情をする。
「それに噂の元を探る行動にも出れないさ、そういった依頼は無いしな」
基本的に奉仕部への依頼は平塚先生を通してだ。
そもそも普通であれば平塚先生を通してでないと奉仕部へは辿り着けない。
あとは2回目以降の依頼だったり、過去の依頼者からの紹介だったり。
「しかし困ったもんだな、比企谷の孤独体質が更生されてしまった・・・これではいつ部を抜け出すか判らんな」
「あら、それは無いですよ」
「ほう?理由を聞いていいかね?」
「先生、ヒッキーの事を"捻くれた根性の更生と腐った目の矯正に努めたまえ"って言って置いてったんでしょ?」
そう・・・
確かに彼を取り巻く人物環境は変わった。
しかし、彼自身はちっとも、呆れるほど変わってないのだ。
相変わらず捻くれたままだし、相変わらず目は腐ったまま。
「あの目は小町さんの話によると、もう治らないそうですよ」
クリスマスパーティーの時、小町さんは男子を追い出した後・・・話してくれた。
彼の目の正体。
"兄はそうですね・・・嬉しい事があった時とプリキュア見てる時くらいしか基本泣かないんです"
"辛い事があっても平気なように振る舞って、そんな兄からみんな遠ざかって、残るのはいつも小町だけ"
"それでも小町が泣かないようにして、笑えるようにしてくれる、小町は腐っちゃいけないからって"
"そーゆーのが見分けられる目なんです、兄の目は"
腐った目の正体。
"お姉ちゃんは多分、ずっと弟や妹の面倒を見てきた・・・親のような存在だったからこそ、どこかで気づいてたんですね"
"彩加さんはそんな兄が辛いときに話を聞いて、間違ったときに叱ってあげる、そんな友達になりたいと言ってくれました"
彼らの関係の正体。
"なんだかんだ言いつつ、兄はこの話を自分からは絶対誰にも言いません"
"今までは小町だけは、何があってもお兄ちゃんから遠ざかりませんでした"
"家族である小町と同じ考えを聞いたから、小町はお姉ちゃんたちにこの話をしたんです"
小町さんは同じ兄妹とは思えない程の活発で天真爛漫とした子だ。
でもそういった小町さんに育て上げたのも、紛れもなく兄である比企谷くんだった。
家族が腐ってしまわないように、自分は腐った目のままを維持する。
変わらない事。彼が変わらない理由。
ふふ・・・ちょっと過大評価すぎたかしら?
でもそんな事を聞かされたら、私も由比ヶ浜さんも、許してあげるしかなくなってしまうじゃない。
「なっはっはっは!なるほど、じゃああいつは未来永劫奉仕部だな!」
「えぇ」
コンコン。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
数人、部室に入ってくる。
男女入り混じって・・・見たところ1年生のようね。
「あの、奉仕部ってここでいいですか?」
「お願いしたら、その"手助け"をしてくれるって聞いてきたんですけど」
ちょっと驚いた。
いつもは新規の依頼者だと大抵平塚先生が連れてくるのに。
「私を介せずにここに辿り着くとは・・・ふふふ、有名になってしまったか?」
「君たち1年生?どんな依頼内容なのかな?」
聞くと、おずおずと話し始めた。
「あの、今1年生の間で噂になってる"ヒッキー"って人物について、調べてるんですけど・・・」
「入学したばかりの僕らじゃ全然足取り掴めなくて・・・」
「知ってる事があれば・・・聞いてみたいなと思いまして・・・」
・・・ぷっ!
「フフ・・・フフフ・・・」
「アハハハハハハハ!」
「はっはっはっは!ほんとに"上手く"やってくれたもんだよははは!」
1年生たちは不思議そうな顔をしている。
それもそうだろう、噂の名が出た途端に笑い始めたのだ。
「いいぞ君たち、我々は彼の事ならたくさん知っている」
「なんでも聞いて!殆どしょーもない事実が出てくるよアハハ!」
今年は私たちも3年生。
最後の1年は、奉仕部も楽しい1年になりそうね。
「ようこそ奉仕部へ。その依頼、引き受けましょう」
帰り道
「だーもう!やっと捕まえたぜ・・・」
「クッハハハ、悪い悪い。あまりに面白かったもんだからつい・・・」
結局部活を抜け出してしまった。
本当にしょーもない追いかけっこのせいで。
「どーすんだよ、もう戻れないじゃないか」
「あんただってクリスマスの時戻れなくしただろ?これで差し引きゼロってことでさ」
それを言われると困る・・・
まぁ今回でチャラになったしいいか。
くそっ!俺もどうしてこいつに対してこんなに甘くなっちまったもんかね!
・・・はぁ、元から小町には甘やかし根性全開だったし、当然の結果なのかもな。
「ったく。まだ部活時間中だし、彩加はテニス部だなぁ」
「まぁいいんじゃないの?入学してからは小町がしょっちゅうあっちに顔出してるみたいだし」
「ぐ・・・むぅ・・・そういや大志は?部活入るのか?」
「どうかな、でも折角だし帰宅部にはさせたくないね」
いつもの会話。いつものやりとり。
いつもと同じ、繋がれた手。
「自分は帰宅部なのにか?棚に上げてよく言えたもんだな、このブラコンめ」
「あんたこそ、小町が彩加の所に行ったくらいで唸るなよ、このシスコンめ」
あぁ・・・
このやり取りも変わってねぇなチクショウ。
「あぁ、まぁいいか。戻れなくなったついでにちょっと遊びに行くか」
「なら丁度いいや」
ん?丁度いい?
「あんた、彩加と2人だけ写ったプリクラ撮ったでしょ?そっちも見せてもらったよ」
「げ」
そういえば最初に彩加が見せたのは妖怪が写り込んでいるヤツだった。
もう1つ、2人だけのベストショットが見つかってしまった。
「今日は丁度2人なんだし、あたしたちも撮ろうよ」
「マジかよ、またガンダーラに向かうのか・・・」
俺の中であのフロアは天竺に確定していた。
これも全部材木座ってヤツの仕業なんだ。
「構いやしないだろ?もう堂々と入っていけるんだし」
「ま、そうだな。侵入難易度は格段に下がったよ」
「それじゃ決まりね」
キュッ、と、握られた手に力が入る。
嗚呼、聞こえますか?
大嫌いな大嫌いな、ラブコメの神様。聞こえますか?
俺はあなたが嫌いです。大嫌いです。
よくも今まで俺の青春ラブコメを間違いだらけにしてくれやがりましたねコノヤロォ。
おかげ様で今はこんな状況ですよ。
俺があなたを嫌いだから間違いだらけなんですかね?
あなたが俺を嫌いだから間違いだらけなんですかね?
どっちでもいーや。とにかく俺はあなたが大嫌いです。
「ほら、八幡、さっさと行くよ」
「わーってるよ沙希」
だからどうか・・・
この1年も間違いだらけでありますよーに!
も一つ、ダメ押しだ!
セーシュンのばかやろぉ─────っ!
おしまい
長々とお付き合いいただきありがとうございました
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